2014年11月29日

Mr.Childrenヒット作の軌跡・・・nammyblog vol.160

14年12月1日付シングルチャートで激動が走った。
1994年より30作連続で初登場1位記録を保持していたMr.Childrenが遂に初登場2位となりこれまでの連続1位記録はここで途絶える事となる。
姑息な多数形態リリースでミスチルの連覇を破ったSexy Zoneのやり方に批判が集まるも、結果敗れたのは事実。それでもたった1種形態で音楽だけで真っ向から挑み特典も一切付けず初動で11.5万枚を売ったのだから、売れない現代の音楽シーンで二桁記録はなかなか出せるものではない。
1992年のデビューから22年が経過した今でもその人気は確かであり、20年のキャリアを超すベテラングループでも初動で今も10万枚を超える記録を作れるのはミスチル、B'z、サザンくらいだろう。
これまでのMr.Childrenの歴史を簡単ではあるが振り返ってみたい。

■Mr.Childrenヒット作の軌跡■
2014年12月1日現在調べ

トータルセールス:5855.8万枚
アルバムセールス:2999.0万枚
シングルセールス:2856.8万枚
ミリオン獲得数:アルバム14作/シングル10作
首位獲得数:アルバム15作/シングル30作
TOP10獲得数:アルバム19作/シングル32作

1985年、同じ関東高等学校(現・聖徳学園高等学校)に通う桜井和寿・田原健一・中川敬輔が中心となり5人組バンド「Beatnik」を結成。1987年にバンド名を「THE WALLS」に改名し1988年に田原、中川の中学時代の同級生で他のバンドで活動していた鈴木英哉が加入して現在の4人体制となる。
1989年1月1日に「Mr.Children」と改名した。
1991年11月に後に20年以上にわたって全作品プロデュースを務めることとなる小林武史と初めて対面する。
アマチュア時代からライブチケットを完売できるほど人気が高かったため、デビュー前から関係者からは期待
されていたが直ぐにブレイクとはならなかった。
満を持して1992年5月10日にシングル「君がいた夏」、アルバム「EVERYTHING」でデビュー。
デビューシングル「君がいた夏」は初登場94位、初動売上はたったの2,940枚であった。
今となってはとても考えにくい数字ではあるが、時代はタイアップ全盛期。新人バンドがノンタイアップでいきなり売れるという事自体が厳しい時期であった。TOP100にランクインされただけでも素晴らしい事である。
あのB'zやドリカムはデビューシングルはTOP100入りすらしなかったのだから・・・。

その後2nd「抱きしめたい」はTOP100ランクインせず、3rdシングル「Replay」がグリコ「ポッキー」のCMソングに抜擢され93年7月12日付で初登場19位を記録した。
これがミスチルの曲がお茶の間に広まったきっかけとなる。同年9月には3rdアルバム「versus」をリリース、初登場3位を記録し初のTOP3を記録した。
続く4thシングル「CROSS ROAD」が日本テレビ系ドラマ「同窓会」主題歌に起用されブレイク。初登場9位を記録し、最高位6位を記録。TOP100内に50週チャートインさせ最終的に売上枚数は125.6万枚と初のミリオン記録を達成した。
ここからがMr.Childrenの大ブレイク期突入であり、翌年6月にリリースされた「innocent world」が初登場1位を記録、ここから前作34thシングル「祈り〜涙の軌道」まで30作連続初登場1位記録のスタートとなる。
初動20.6万枚を記録、清涼飲料「アクエリアス」CMソングに起用されどこか懐かしいメロディー調に乗せられたCMとの相性がマッチ、瞬く間にミリオンに達し1994年の年間シングルチャート1位に輝く。
同年9月にはブレイクシングル2作を収録した「Atomic Heart」をリリース。
問答無用、売れないわけがない。初動売上は85.2万枚、前作アルバム「versus」の初動売上が5.9万枚なのだからこの1年で約15倍もの数字を伸ばすこの勢いは誰にも止められなかった。
「Atomic Heart」は当時アルバム国内最大の売上を記録していたドリカムの「The Swinging Srar」の322万枚を超し、累積売上は343.0万枚に。1995年時点でのアルバム歴代1位記録を塗り替えミスチルはJ-POP下記録の頂点を極めた。デビューからたった3年でだ。デビュー期からは誰も想定しなかった出来事だ。
それだけこのクオリティの高さを証明した「Atomic Heart」は今もなお、ミスチルアルバムの中でも最高売上を維持しており、その記録は自身でも更新されていない。
1994年11月、5thシングル「Tomorrow never knows」がフジテレビ系列ドラマ「若者のすべて」主題歌に起用。ドラマと主題歌の相乗効果で初動売上67.0万枚、累積売上は276.6万枚と自身最高売上を記録。
偶然にもミスチルのアルバム、シングルともに最高売上を記録した作品の発売日が1994年。それだけ勢いが凄まじかったという事がよくわかる。同ドラマ挿入歌に2ndアルバム「KIND OF LOVE」収録の「星になれたら」が使用され話題に。同アルバムは既に「CROSS ROAD」のブレイク以後水面下でジワジワと売れていたが、ドラマをきっかけに再浮上し、それまで最高位34位だった作品は95年2月20日付で最高位13位をマークする。TOP100内に159週ランクイン、累積売上は118.0万枚とミリオンセラーに。
最高位がTOP10入りせずにミリオンに達した例は本作とB'zの「BAD COMMUNICATION」だけである。
1996年には2月発売の10thシングル「名もなき詩」がフジテレビ系列ドラマ月9「ピュア」の主題歌に起用。月9初となる本作はそれまでシングルチャートで達成されなかった初動ミリオンを記録した。(120.8万枚)
同作を含む5thアルバム「深海」は初動153.6万枚とシングルに続きアルバムでは自身初の初動ミリオンに。
1998年までシングルでも連続ミリオンを記録するが、1999年頃より数字の低迷が目立つ。
98年10月の15thシングル「終わりなき旅」が自身最後のミリオンとなるわけであるが、99年の16thシングル「光の射す方へは累積売上45.6万枚と50万枚のラインを切る事態に。次シングル「I'LL BE」に至っては累積売上30.1万枚とブレイク後、前作2012年発売の「祈り〜涙の軌道」の累積27.6万枚を記録するまでワースト記録であった。2000年1月にリリースされた18thシングル「口笛」で72.4万枚を記録しその人気を吹き返すも同年9月にリリースしたオリジナル9thアルバム「Q」は初動63.2万枚を売りながらも同時発売の浜崎あゆみ「Duty」に100万枚の差を付けられ初登場2位に。ミスチルのブレイク後、アルバムリリースで初めて敗れた瞬間だった。以後すべてのオリジナルアルバムは初登場1位を記録しているが、ベストアルバムを2種同時発売した経緯から最高位2位となるケースが2度ほどある。
シングルでの初動売上50万枚超えを最後に記録したのは2005年6月、27thシングル「未来」である。
2008年まではコンスタントにシングルを発表してきたが、2008年の「HANABI」を最後にこの6年間に2枚しか新作を発表していない。(2012年「祈り」、2014年「足音」)
最後にアルバム、シングル売上と各種記録について触れておきたい。

■Mr.Children シングルセールスTOP20
1位 276.6万枚/Tomorrow never knows/最高位1位/1994.11.10
2位 230.9万枚/名もなき詩/最高位1位/1996.2.5
3位 193.6万枚/innocent world/最高位1位/1994.6.1
4位 181.2万枚/シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜/最高位1位/1996.8.10
5位 157.2万枚/【es】〜Theme of es〜/最高位1位/1995.5.10
6位 153.9万枚/花〜Memento-Mori〜/最高位1位/1996.4.10
7位 125.6万枚/CROSS ROAD/最高位6位/1993.11.10
8位 124.0万枚/everybody goes〜秩序のない現代にドロップキック〜/最高位1位/1994.12.12
9位 121.7万枚/Everything(It's you)/最高位1位/1997.2.5
10位 107.0万枚/終わりなき旅/最高位1位/1998.10.21
11位 92.6万枚/四次元(未来)/最高位1位/2005.6.29
12位 77.4万枚/Sign/最高位1位/2004.5.26
13位 74.1万枚/しるし/最高位1位/2006.11.15
14位 73.3万枚/マシンガンをぶっ放せ/最高位1位/1996.8.8
15位 72.4万枚/口笛/最高位1位/2000.1.13
16位 69.9万枚/youthful days/最高位1位/2001.11.7
17位 66.4万枚/ニシエヒガシエ/最高位1位/1998.2.11
18位 65.2万枚/くるみ/最高位1位/2003.11.19
19位 60.7万枚/NOT FOUND/最高位1位/2000.8.9
20位 55.3万枚/HERO/最高位1位/2002.12.11
次点 51.3万枚/君が好き/最高位1位/2002.1.1

■Mr.ChildrenアルバムセールスTOP10
1位 343.0万枚/Atomic Heart/最高位1位/1994.9.1
2位 328.3万枚/BOLERO/最高位1位/1997.3.5
3位 274.5万枚/深海/最高位1位/1996.6.24
4位 239.5万枚/Mr.Children 1992-1995/最高位1位/2001.7.11
5位 182.2万枚/Mr.Children 1996-2000/最高位2位/2001.7.11
6位 181.4万枚/DISCOVERY/最高位1位/1999.2.3
7位 141.0万枚/シフクノオト/最高位1位/2004.4.7
8位 127.8万枚/SUPERMARKET FANTASY/最高位1位/2008.12.10
9位 122.8万枚/IT'S A WONDERFUL WORLD/最高位1位/2002.5.10
10位 120.7万枚/HOME/最高位1位/2007.3.14
11位 119.5万枚/Mr.Children 2005-2010/2012.5.10
12位 118.0万枚/KIND OF LOVE/最高位13位/1992.12.1
13位 113.7万枚/Iハート(トランプ)U/最高位1位/2005.9.21
14位 111.6万枚/Mr.Children 2001-2005/2012.5.10
15位 89.7万枚/Q/最高位2位/2000.9.27
16位 80.2万枚/versus/最高位3位/1993.9.1
17位 78.4万枚/SENSE/最高位1位/2010.12.1
18位 77.6万枚/【an imitation】blood orange/最高位1位/2012.11.28
19位 55.9万枚/1/42(ライヴ盤)/最高位1位/1999.9.8
20位 47.9万枚/B-SIDE/最高位1位/2007.5.10
次点 45.1万枚/EVERYTHING/最高位25位/1992.5.10

■シングル初動売上TOP10
1位 120.8万枚/名もなき詩
2位 67.0万枚/Tomorrow never knows
3位 63.9万枚/花〜Memento-Mori〜
4位 60.2万枚/Everything(It's you)
5位 56.9万枚/四次元(未来/and I love you)
6位 56.2万枚/シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜
7位 52.1万枚/【es】〜Theme of es〜
8位 51.6万枚/終わりなき旅
9位 37.0万枚/Sign
10位 37.0万枚/everybody goes〜秩序のない現代のドロップキック〜

■アルバム初動売上TOP10
1位 173.5万枚/BOLERO
2位 153.6万枚/深海
3位 120.2万枚/Mr.Children 1992-1995
4位 111.0万枚/DISCOVERY
5位 100.4万枚/Mr.Children 1996-2000
6位 85.2万枚/Atomic Heart
7位 80.3万枚/シフクノオト
8位 73.2万枚/Mr.Children 2001-2005
9位 70.8万枚/SUPERMARKET FANTASY
10位 71.6万枚/Mr.Children 2006-2010
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2014年08月31日

<徹底解析シリーズQ ドリカムデビュー25周年!3時代でのアルバム1位驚異の記録更新へ・・・nammyblog vol.148

1989年にデビューして以来、第一線を駆け抜けてきた二人組デュオ”ドリカム”ことドリームズ・カム・トゥルー。記念すべきデビュー25周年にあたりNEWアルバム「ATTACK25」を8月20日にリリースしたばかり。
そんな3年9ヶ月ぶりのNEWアルバムが今週9月1日付アルバムチャートにて9.0万枚を売り上げ初登場1位を獲得した。自身アルバム1位は2009年3月にリリースした「DO YOU DREAMS COME TRUE?」以来5年5ヶ月ぶり。
この記録により1990年代、2000年代、2010年代と3時代でアルバム1位という快挙を成し遂げた。
25周年という記念の節目にこのような大記録が達成されるのはお見事。25年経った今も健在であることを証明してくれた。
どれだけ彼女らの歌に励まされた人がいることか・・・。これからも第一線で30周年、35周年と走り続けて欲しい。
25周年という節目を記念に今回は歴代5位のトータルセールス記録を持つ彼女らの記録を記しておきたい。

■ドリームズ・カム・トゥルー25周年企画 これまでの大記録とその軌跡■

トータルセールス:4354.8万枚
アルバムセールス:2845.6万枚
シングルセールス:1509.2万枚
首位獲得数:アルバム13作/シングル11作
TOP10獲得数:アルバム25作/シングル44作
ミリオン数:アルバム10作/シングル5作

★シングルセールスTOP20
ドリームズ・カム・トゥルー「LOVE LOVE LOVE」.jpg

@LOVE LOVE LOVE/248.9万枚/最高位1位/1995.7.24
A決戦は金曜日/107.0万枚/最高位1位/1992.9.19
Bサンキュ/106.9万枚/最高位2位/1995.2.22
CWINTER SONG/106.8万枚/最高位1位/1994.1.7
Dgo for it!/105.2万枚/最高位1位/1993.9.9
EEyes to me/74.1万枚/最高位1位/1991.4.25
F朝がまた来る/71.0万枚/最高位1位/1999.1.20
G晴れたらいいね/68.5万枚/最高位1位/1992.10.21
HROMANCE/60.5万枚/最高位1位/1995.10.30
Iすき/59.1万枚/最高位1位/1994.11.4
JWHEREVER YOU ARE/54.8万枚/最高位1位/1994.4.28
K笑顔の行方/44.6万枚/最高位2位/1990.2.10
Lそうだよ/35.5万枚/最高位4位/1996.11.25
M雪のクリスマス/32.2万枚/最高位5位/1990.11.21
Nやさしいキスをして/31.6万枚/最高位2位/2004.2.18
O忘れないで/31.4万枚/最高位5位/1991.10.25
PSNOW DANCE/30.1万枚/最高位3位/1999.12.24
Q何度でも/19.5万枚/最高位3位/2005.2.16
Rア・イ・シ・テ・ルのサイン/18.3万枚/最高位2位/2007.10.3
S24/7-TEWNTYFOUR/SEVEN-/16.9万枚/最高位4位/2000.11.22


シングルセールスでは言うまでもなく「LOVE LOVE LOVE」が断トツダブルミリオンで1位。
同作はTBS系列ドラマ「愛していると云ってくれ」主題歌、その年の95年シングル年間でも1位に輝きました。
吉田美和の歌声と中村正人が奏でるメロディが見事にマッチ。
以下5位までがミリオンセールス。92年の「決戦は金曜日」、93年「go for it!」、94年「WINTER SONG」と92年〜95年はドリカムブレイク期であり、どの曲も耳にした事があるだろう。
5thシングル「笑顔の行方」でブレイクを見せ、アルバム収録では有名な「未来予想図U」は実はこのシングル曲もカップリングに収録されていたB面である事も忘れてはならない。(とはいえ89年のアルバム収録作なのでシングルカットという形にはなるが・・・) 90年代の作品が圧倒的ではあるが、後期(2000年代)作品でもある「何度でも」や「やさしいキスをして」「アイシテルのサイン」などがTOP20内にランクインされているのも近年のドリカムの人気の凄さを示している。

★アルバムセールスTOP20
ドリームズ・カム・トゥルー「The Swinging Star」.jpg

@The Swinging Star/322.7万枚/最高位1位/1992.11.14
ADELICIOUS/296.6万枚/最高位1位/1995.3.25
BMAGIC/258.4万枚/最高位1位/1993.12.4
CLOVE UNLIMITED∞/243.4万枚/最高位1位/1996.4.1
DMILLION KISSES/236.3万枚/最高位1位/1991.11.15
EGREATEST HITS"THE SOUL"/236.1万枚/最高位1位/2000.2.14
FBEST OF DREAMS COME TRUE/217.7万枚/最高位2位/1997.10.1
GLOVE GOES ON.../150.8万枚/最高位8位/1989.11.22
HWONDER3/139.2万枚/最高位1位/1990.11.1
Ithe Monster/108.6万枚/最高位1位/1999.4.21
JSING OR DIE/88.2万枚/最高位1位/1997.11.15
KAND I LOVE YOU/78.6万枚/最高位2位/2007.12.12
L7月7日、晴れサウンドトラック/76.0万枚/最高位4位/1996.4.1
MDO YOU DREAMS COME TRUE?/67.2万枚/2009.3.21
NDreams Come True/56.0万枚/最高位27位/1989.3.21
ODIAMOND15/52.3万枚/最高位2位/2004.12.8
PTHE LOVE ROCKS/46.9万枚/最高位1位/2006.2.22
QLOVE BALLAD COLLECTION/40.9万枚/最高位6位/2003.12.17
Rmonkey girl odyssey/37.3万枚/最高位1位/2001.12.5
Ssmooth groove collection/17.5万枚/最高位3位/2004.1.9


凄い・・・。200万枚越えが7作品も。しかも何が凄いってそのうち5作がオリジナルアルバムというところ。ベストアルバムが売れてもオリジナルがそれだけ売れている事が本物を物語っている。
ベストでも6位でしょ、上位5位までがオリジナル作品。トップの「The Swinging Star」は日本で初めてアルバム300万枚突破を記録した記念すべき作品でもある。「決戦は金曜日」「晴れたらいいね」などシングルヒット作を含む人気作。一時は歴代アルバムセールスでもトップになった作品。
(残念ながら現在歴代アルバムでは14位という結果ですが・・・。)
それだけ日本を虜にした作品でもある。
シングル同様に1位〜5位までは1991年〜1996年。ちょうどブレイク期からの作品が軒並みの顔ぶれだ。
6位、7位とベストアルバム2種が200万枚越えでランクイン。”THE SOUL”は発売から14年経った今でも売上が伸びている超ロングセラー、今週までに合計で220週のランクインを見せている。
8位にはドリカム出世作とも言える超名作「LOVE GOES ON...」。自身最高となるTOP100内に229週というロングセラー、最高位こそ8位ながら売上枚数は150万枚に達するという異例のヒット。
歴代アルバムでは103位にランクインとなるが、1位〜102位までの作品は全て最高位は3位内、それを考えると最高位8位での150万枚セールスはよほどのロングセラーでないと達成出来ない事がわかるだろう。

★デビューシングル
「あなたに会いたくて」
発売:1989年3月21日/売上枚数:TOP100圏外/最高位:TOP100圏外

★デビューアルバム
「Dreams Come True」
発売:1989年3月21日/売上枚数:56.0万枚/最高位27位/ランクイン:122週
初登場:1989.9.25付 93位 初動売上:0.4万枚

実に発売から半年後の初チャートイン!

93位(89.9/25付)→89位→85位→91位→76位→81位→75位→76位→72位→80位→圏外→72位(90.1/22付)→70位→75位→54位→55位→32位→39位→30位→29位→30位→31位→27位(90.4/9付)

27週目、発売から1年かけて初登場93位から最高位27位を記録した。
2ndアルバム「LOVE GOES ON・・・」の相乗効果のヒットが生んだデビューアルバム。
こちらも最高位27位ながら50万枚を超える異例なロングヒット。
長く売れ続ける事が出来るからこそ、デビューから25年経ってもファンは離れないで彼女たちを待ち続ける。
posted by nammy at 16:19| 埼玉 ☔| 徹底解析シリーズ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月21日

<徹底解析P>CHAGE and ASKA デビュー35年目を迎えるにあたり・・・nammyblog vol.98

これまでの音楽シーンに多大なる影響を与えたチャゲアス。
アーティストトータルセールスは歴代12位にランクインする3140.0万枚!!!
国内でアルバム、シングル合わせ3000万枚を超えたアーティストは12組。
偉業ともいえるこの記録はこの先も語り継がれてゆくだろう。

今年1月25日、公式サイトにてファン待望の活動再開を発表。2007年以来の「夏のスペシャルライブ」開催なども発表された。
しかし6月11日、公式サイトにてASKAに「一過性脳虚血症」の疑いがあると診断されたため、8月末に予定していたコンサートを延期すると発表した。
復活は延期となってしまったが、早く元気な姿でファンの前に帰ってきてもらいたいものだ。
気長に待ちたいと思う。

今年8月25日にデビュー35年目を迎えるにあたり、80年代〜90年代に大活躍した彼らの足跡を残しておきたい。

■CHAGE and ASKA 売上の足跡■

トータルセールス:3140.0万枚
アルバムセールス:1485.6万枚
シングルセールス:1654.4万枚

首位獲得数:アルバム12作/シングル8作
TOP10獲得数:アルバム29作/シングル28作
ミリオン作品数:アルバム4作/シングル5作

シングルセールスTOP20

CHAGE&ASKA「SAY YES」.jpg

@ 282.2万枚 SAY YES/1位/1991.7.24
A 241.9万枚 YAH-YAH-YAH/1位/1993.3.3
B 125.2万枚 めぐり逢い/1位/1994.11.16
C 114.3万枚 HEART/1位/1994.8.3
D 108.3万枚 if/1位/1992.7.1
E 81.1万枚 僕はこの瞳で嘘をつく/1位/1991.11.21
F 79.9万枚 Sons And Daughters/1位/1993.8.20
G 67.5万枚 no no darlin'/2位/1992.10.10
H 56.9万枚 Somethin There/2位/1995.5.10
I 53.7万枚 万里の河/6位/1980.9.25
J 50.3万枚 太陽と埃の中で/3位/1991.1.30
K 49.9万枚 LOVE SONG/1位/1992.3.25
L 42.7万枚 なぜに君は帰らない/4位/1993.11.19
M 38.9万枚 river/2位/1996.2.19
N 38.9万枚 You are free/5位/1993.11.19
O 36.9万枚 WALK/3位/1992.3.25
P 17.9万枚 ひとり咲き/24位/1979.8.25
Q 16.1万枚 モーニングムーン/11位/1986.2.5
R 12.1万枚 この愛のために/3位/1999.3.10
S 9.0万枚 男と女/28位/1981.10.25

アルバムセールスTOP20

CHAGE&ASKA「SUPER BEST U」.jpg

@ 269.7万枚 SUPER BEST U/1位/1992.3.25
A 235.1万枚 TREE/1位/1991.10.10
B 156.7万枚 RED HILL/1位/1993.10.10
C 141.2万枚 GUYS/1位/1992.11.7
D 75.2万枚 Code Name.1 Brother Sun/1位/1995.6.28
E 74.2万枚 スーパーベスト/15位/1990.7.21
F 69.3万枚 Yin & Yang/1位/1994.8.25
G 52.1万枚 SEE YA/4位/1990.8.29
H 48.1万枚 CHAGE & ASKA VERY BEST ROLL OVER 20TH/2位/1999.12.16
I 46.3万枚 CODE NAME.2 SISTER MOON/2位/1996.4.22
J 30.3万枚 SUPER BEST BOX/1位/1994.12.16
K 30.2万枚 PRIDE/1位/1989.8.25
L 25.1万枚 NO DOUBT/1位/1999.8.25
M 23.5万枚 熱風/1位/1981.2.25
N 19.7万枚 MTV UNPLUGGED LIVE/1位/1996.10.7
O 16.4万枚 THE STORY of BALLAD/2位/1990.2.7
P 16.3万枚 STAMP/1位/2002.11.20
Q 14.7万枚 風舞/11位//1980.4.25
R 14.2万枚 スーパーベスト21/35位/1987.3.5
S 12.9万枚 RHAPSODY/4位/1988.3.5


シングル、アルバムともにこうやって改めて振り返ってみるとダブルミリオンが2作ずつ。安定的なセールスが続く中、やはり代表作として上位を占めたのは激動の90年代作が目立ちますね。
月9ドラマ主題歌「SAY YES」、「YAH-YAH-YAH」、「めぐり逢い」とシングルTOP3が全てドラマ主題歌であるという90年代特有のタイアップブームが後押しをしながら名曲は生まれました。
そんな中で10位にランクインしたのは80年代を代表するチャゲアスの初期ヒット曲「万里の河」。まだニューミュージックというよりもフォークに近い曲調が強い本作。新旧問わず良い作品はいつまでも人々の心に残るものである。

アルバムではやはり文句なしのベストアルバムが269万枚でトップを飾りました。
ちょうど発売前年に「SAY YES」のメガヒットを機に、80年代中盤から90年代初期にかけてのシングル作を集めた集大成とも言えるベスト盤。
新規のファンも、兼ねてからのファンも納得のいく最高の仕上がりとなっている。
2位に「SAY YES」を収録したオリジナルアルバムが235万枚という高セールスでランクイン。
6位に初期のベスト盤がロングセールスで74万枚、18位には記念すべきデビューアルバム「風舞」がランクインするなど35年間のチャゲアスの足跡を振り返るにはわかりやすいオールタイムなランキングだ。

■デビュー盤■

シングル「ひとり咲き」
発売日:1979年8月25日
売上枚数:17.9万枚/最高位24位
初動売上:0.3万枚/初登場78位(1979.9/10付)

最高位までのチャートアクション・・・78位→68位→54位→57位→57位→67位→70位→75位→81位→93位→79位→54位→46位→44位→34位→32位→37位→39位→46位→26位→24位

初登場から22週目にして最高位24位に到達した。
実に51位〜100位(右ページ)内を潜伏し、ようやく50位内(左ページ)にランクインしロングセラーとなった。

アルバム「風舞」
発売日:1980年4月25日
売上枚数:14.7万枚/最高位11位
初動売上:0.5万枚/初登場23位(1980.5/5付)


最高位までのチャートアクション・・・23位→17位→20位→26位→33位→38位→44位→57位→71位→79位→71位→92位→83位→圏外→84位(1980.12/22付)→63位→66位→52位→24位→24位→17位→18位→11位(1981.2/23付)

初登場から23週目にして最高位11位に到達。初登場は23位、翌週17位とまずまずのスタートから始まり一度は100位圏外に落ちるも80年末より
シングル「万里の河」のヒット影響と2ndアルバム「熱風」リリース間近効果もあってか再び年明けには急上昇を見せ8か月ぶりにTOP20内に返り咲き見事最高位11位をマークした。この2週後の3/9付では見事2ndアルバム「熱風」は初登場1位を獲得している。


デビュー後、「ひとり咲き」「万里の河」など初期ヒットに恵まれるも、80年代という時代はお世辞にもビッグヒット作はなかなか生まれない苦戦の時期でもあった。
「万里の河」が53.7万枚と当時の時点では最高売上を記録したチャゲアス。その後再びシングルベスト10にランクインするまでに10年という歳月を費やしている。
曲調もフォーク路線からロック色の強い曲調へチェンジ、レコード会社移籍後にリリースし最高位11位、16.1万枚を売り上げた「モーニングムーン」をきっかけに再び彼らに注目が集まる。
1989年にリリースしたオリジナルアルバム「PRIDE」がアルバムでは「熱風」以来8年ぶりに1位に輝き39万枚のヒットに。
これを機に1990年6月、25枚目のシングル「DO YA DO」では最高位10位とシングルでも10年ぶりのTOP10入りを果たし翌シングル「太陽と埃の中で」は最高位3位、50万枚を超えるロングヒットとなった。
苦しい時期があったからこそ、今の彼らがある。80年代という試行錯誤の中で生まれた一つの方向性は決して間違ってはいなかった。
その経験こそ90年代に証明され、デビューから35年経とうとしている今も、ファンは必ず彼らの復帰を心待ちにしている。
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2013年06月06日

<徹底解析O>SMAP記念すべき50枚目!デビューから連続50作TOP10入り確定へ・・・nammyblog vol.91

今年で88年のデビューから25周年、ジャニーズでも圧倒的なセールスでNo.1に輝く現役グループSMAP。
今月5日に記念すべき50枚目となるシングル「Joy!!」(4種限定タイプ+通常盤)をリリースした。

■デイリー売上速報!!(6月11日更新)
6/4 194,660枚
6/5 56,668枚/累計251,328枚
6/6 27,353枚/累計278,681枚

6/7 18,789枚/累計297,470枚
6/8 16,107枚/累計313,577枚

6/9 12,938枚/累計326,515枚

週間売上発表 327,505枚(デイリー集計誤差990枚)

SMAP「Joy!!」.jpg

メンバーである香取慎吾主演によるフジテレビ系列ドラマ「幽(かす)かな彼女」の主題歌であり、デイリーチャートでは初日19.5万枚を売り上げ初登場1位が確実となった。
デイリーでのセールスはここ数作の中でも最高売上であり、初動で20万枚を超えるのは2010年7月の45thシングル「This is love」以来3年ぶりの快挙となる。
曲のテンポもここ最近のSMAPの楽曲とは異なり、どこか初期のSMAPを思わせるようなアップテンポな仕上がりとなっている。
ジャニーズグループの中でもシングル50枚への到達は初であり、そしてデビュー曲から50作連続でTOP10入りという前人未到の快挙は歴代初の記録でもある。

1988年4月、スケートボーイズの中からグループ結成。結成当時の年齢はそれぞれ中居15歳、木村15歳、稲垣14歳、森14歳、草g13歳、香取11歳。
CDデビューまでのジャニーズ内グループ期間が3年以上にわたり、その間アイドル番組やドラマ、舞台などに出演し、アイドルとしての人気を確保していった。グループ名は事務所社長ジャニー喜多川が、この当時のスケートボーイズのキャッチコピーだった「Sports Music Assemble People」(スポーツや音楽をやるために集められた人々)という意味の頭文字から命名された。
1991年1月1日に日本武道館で最初のコンサートを行い、同年9月9日、「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。

SMAP「Can't Stop!!」.jpg

同時に、当時のアイドルが活動の主流としていた音楽番組が次々と減り「アイドル氷河期」と呼ばれる時代に入ってから、バラエティなどで活動することを選択する。同年NHK紅白歌合戦に初出場した。

1992年4月、フジテレビの「夢で逢えたら」の後番組として開始した「夢がMORIMORI」へのレギュラー出演が決定。同番組における当時のアイドルとしては異例であった本格的なコントなどが受けて、知名度と人気を獲得していった。

一方CD売上は苦戦が続いた。アイドル氷河期の中でのデビューのタイミングも悪かった事、「デビューシングルは初登場1位」というジャニーズの暗黙の了解であった法則もSMAPは初登場2位という結果で終わってしまう。
先輩にあたる光GENJIや男闘呼組のデビュー作と比較するとその数字は敵うものではなかった。
デビューシングル「Can't Stop!! -LOVING-」は91年9月23日付で2位に初登場、初動売上は8.1万枚であった。
ちなみに光GENJIのデビュー作「STAR LIGHT」は初動6.6万枚、男闘呼組「DAYBREAK」は初動18.5万枚でともに初登場1位。
光GENJIと比較すると枚数は上回ったものの、レコード低迷期とCD絶頂期を同比較する土台ではないような気もするが・・・。
ヒットチャートは運次第、まさにその通りでSMAPの1位を阻止したのはCHAGE & ASKAの「SAY YES」が13週連続1位の爆走中であった事。
「SAY YES」は8週目の1位の週で週間売上は14.6万枚、その差は6.5万枚ととても新人グループで埋められる差ではなかった。
それだけ当時のチャゲアスに勢いがあったという事。アイドルグループよりもタイアップブームでドラマ主題歌やCMソングがより注目されていた時期でもある事から致し方ない結果ともいえる。

SMAPが初めて1位を獲得するのはCDデビューから2年半後の1994年3月のこと。
12枚目のシングル「Hey Hey おおきに毎度あり」で念願のシングル1位を獲得する。
前年度の93年下半期からCDのセールスは横ばいであった時期から脱し10thシングル「$10」からセールスは30万枚を超え人気の流れは着々とSMAPへ流れていた。
決して速いブレイクではない、12枚目のヒットが一気に彼らを後押しさせる。その後セールスは上昇傾向で同年9月にリリースした「がんばりましょう」が当時の初動売上23.7万枚という最高売上とともに72.0万枚とSMAP自身初となる50万枚超えヒットが誕生した瞬間でもあった。
「がんばりましょう」以降のシングルは25thシングル「セロリ」まで12作連続で50万枚を超える大ヒットに。
低スタートから駆け上がった彼らはもはやジャニーズグループでSMAPに敵うものは居ないくらいにその人気を不動のものとした。

人気絶頂の1996年、フジテレビ系列「SMAP×SMAP」が始まり、高視聴率、大人気番組となる。
メンバーもそれぞれドラマ、バラエティ、コンサートと多方面に活躍し始めた。この年、森の幼いころからの夢であったオートレース選手に転身する為、SMAPを卒業する。以後20thシングル「青いイナズマ」より5人体制となり第2章SMAPのスタートとなる。

メイン位置に属した森脱退によりSMAP人気はどのようになるか心配されたが、20thシングルは皮肉にもそれまで最高売上を記録した「俺たちに明日はある」の78.5万枚を超え、81.4万枚という新記録を打ち立てた。
次シングル「shake」はカラオケでも人気となり前作を凌ぐ87.6万枚とSMAP人気は強まるばかり。

1998年1月、作詞スガシカオ、作曲川村結花を迎えた27thシングル「夜空ノムコウ」は最高初動となる45.9万枚を売り上げ初登場1位を獲得。
3週連続で週間売上30万枚を超える大ヒット、162.1万枚を記録しSMAP自身初となるミリオンセラーとなる。
ジャニーズ内でのミリオンヒットは近藤真彦「スニーカーぶる〜す」、Kinki Kids「硝子の少年」「愛されるより愛したい」以来4作目となった。(98年1月当時)

2000年8月、日本テレビ系列ドラマ「フードファイト」主題歌である32ndシングル「らいおんハート」が2作目のミリオンヒットに。
2001年3月に全てのシングルを2枚組に収めたベストアルバム「Smap Vest」がリリース。
初動売上ではアイドルグループ史上初となる100.5万枚といきなりのミリオンスタート、累計では178.4万枚を売り上げ固定ファンのみならずSMAPの楽曲を求めて一般層へ広まり大ヒットとなった。

2003年、「世界に一つだけの花」(作詞・作曲:槇原敬之)が258.2万枚でダブルミリオン達成。

SMAP「世界に一つだけの花」.jpg

同曲はアルバム「Drink! Smap!」に収録されており、「僕の生きる道」の主題歌に起用される。ドラマ人気と相まってこの歌も注目を浴び、急遽シングルカットされた。同年「第54回NHK紅白歌合戦」ではグループとしては史上初、ポップス歌手としては25年ぶりに大トリを務めた。
同曲は歴代シングルランキングでも第9位にランクインされ、ジャニーズ歴代を通してこの作品を超える売上は今現在更新されていない。

2002年の34thシングル「freebird」から新作50th「Joy!!」まで16作連続1位であり、その年数は11年連続記録となる。
その通算首位数は28作となり、Kinki Kidsが持つ32作に次ぐ最多記録となっている。



ここからはSMAPがこれまで打ち立ててきた数々の数字を振り返ってみましょう。


総トータルセールス:3376.9万枚
シングルセールス:2260.6万枚
アルバムセールス:1116.3万枚

首位獲得数:シングル28作/アルバム13作
TOP10獲得数:シングル50作連続/アルバム25作
ミリオンセラー数:シングル3作/アルバム1作


シングル売上TOP20
@ 258.2万枚 世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)/1位/2003.3.5
A 162.1万枚 夜空ノムコウ/1位/1998.1.14
B 156.3万枚 らいおんハート/1位/2000.8.30
C 87.6万枚 "shake"/1位/1996.11.18
D 81.4万枚 青いイナズマ/1位/1996.7.15
E 78.5万枚 俺たちに明日はある/1位/1995.11.11
F 73.2万枚 セロリ/2位/1997.5.14
G 73.1万枚 ダイナマイト/3位/1997.2.26
H 72.0万枚 がんばりましょう/1位/1994.9.9
I 63.6万枚 たぶんオーライ/1位/1994.12.21
J 62.6万枚 はだかの王様〜シブとくつよく〜/2位/1996.5.5
K 61.3万枚 しようよ/1位/1995.6.6
L 57.8万枚 KANSHAして/1位/1995.3.3
M 53.8万枚 どんないいこと/1位/1995.9.9
N 50.0万枚 胸さわぎを頼むよ/2位/1996.2.2
O 41.9万愛 Dear WOMAN/1位/2006.4.19
P 41.1万枚 たいせつ/4位/1998.5.8
Q 40.7万枚 ORIGINAL SMILE/2位/1994.6.6
R 40.2万枚 BANG! BANG! バカンス/1位/2005.7.27
S 40.1万枚 Hey Hey おおきに毎度あり/1位/1994.3.12

アルバム売上TOP10
@ 178.4万枚 Smap Vest/1位/2001.3.23
A 68.5万枚 COOL/1位/1995.1.1
B 62.8万枚 WOOL/2位/1997.3.26
C 62.1万枚 SMAP 015/Drink! Smap!/2位/2002.7.24
D 55.8万枚 SMAP 008 TACOMAX/2位/1996.3.3
E 54.0万枚 SMAP 007〜Gold Singer〜/1位/1995.7.7
F 48.4万枚 SMAP 012 ス/3位/1997.8.6
G 46.9万枚 SMAP 016/MIJ/1位/2003.6.25
H 43.8万枚 Pop Up!SMAP/1位/2006.7.26
I 42.3万枚 SMAP 012 VIVA AMIGOS!/1位/1998.6.17


■デビュー作記録
シングル/「Can't Stop!!-Loving-」
発売日:1991年9月9日
累積売上:15.0万枚/最高位2位
初動売上:8.1万枚/初登場2位

アルバム/「SMAP 001」
発売日:1992年1月1日
累積売上:8.0万枚/最高位14位
初動売上:4.7万枚/初登場14位


■初動売上TOP10

<シングル>
@ 63.0万枚 世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)/2003年
A 45.9万枚 夜空ノムコウ/1998年
B 41.6万枚 らいおんハート/2000年
C 35.2万枚 しようよ/1995年
D 31.3万枚 たぶんオーライ/1994年
E 30.5万枚 "shake"/1996年
F 28.3万枚 俺たちに明日はある/1995年
G 27.6万枚 This is love/2010年
H 24.9万枚 胸さわぎを頼むよ/1996年
I 24.8万枚 青いイナズマ/1996年


<アルバム>
@ 100.5万枚 Smap Vest/2001年
A 40.1万枚 WOOL/1997年
B 33.7万枚 COOL/1995年
C 32.1万枚 Pop Up! SMAP/2006年
D 30.5万枚 SMAP 016/MIJ/2003年
E 28.5万枚 SAMPLE BANG!/2005年
F 28.3万枚 SMAP AID/2011年
G 25.9万枚 SMAP 012 VIVA AMIGOS!/1998年
H 24.3万枚 SMAP 007〜Gold Singer〜/1995年
I 24.4万枚 SMAP 009/1996年


■年間別アーティストセールス(単位:10万円)

1991年 250位/1,504
1992年 75位/9,163
1993年 48位/16,739
1994年 19位/33,661
1995年 10位/65,045
1996年 15位/59,946
1997年 13位/68,693
1998年 29位/39,302
1999年 55位/17,127
2000年 30位/27,799
2001年 7位/83,318
2002年 55位/14,162
2003年 5位/50,805
2004年 12位/34,331
2005年 19位/25,173
2006年 4位/69,422
2007年 93位/5,884
2008年 32位/14,773
2009年 17位/24,356
2010年 10位/28,484
2011年 13位/20,430
2012年 8位/35,211


最高売上を記録したのは2001年度。シングル「らいおんハート」の大ヒット後にリリースしたベスト「Smap Vest」がミリオンを突破した年でした。
ダブルミリオンを記録した2003年が年間別ランキングでは最高順位でした。
しかし92年以降20年連続で年間アーティストセールスTOP100内にランクインさせるとはアイドルらしからぬ息の長さに驚かされます。
デビュー30周年、その先もグループ存続をしてもらいたいものです。

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2013年06月04日

<徹底解析N>6.25デビュー35周年サザンオールスターズ大特集・・・nammyblog vol.90

今月の6月25日、サザンがデビュー35周年を迎えます。
いつ再始動の情報が流れるのか首を長くして待つファンは多いと思います。
昨年にソロワークに一区切りをつけてベストアルバムを発表した桑田佳祐。
いよいよサザン再始動か?と思わせるような素振りはあるものの、真相は闇・・・。

2008年8月6日にリリースされた54thシングル「I AM YOUR SINGER」を最後に無期限活動休止へと入ったサザンオールスターズ。
これまでの何度か活動休止はあったものの、今年で丸5年、この休止期間は活動の中でも最長期間である。
早く新曲が聴きたい、そんな季節到来でもある今、これまでのサザンの軌跡と記録を残しておきたい。

■サザンオールスターズ 栄光の軌跡■

トータルセールス:4874.6万枚(歴代記録第4位)
シングルセールス:2483.8万枚(歴代記録第3位)
アルバムセールス:2390.8万枚(歴代記録第6位)

1位獲得数:シングル14作/アルバム19作
TOP10内獲得数:シングル43作/アルバム24作
ミリオン達成数:シングル5作/アルバム7作

歴代で第4位の記録を持つスーパーバンド、サザンオールスターズ。
シングルでは3位、アルバムでは6位と驚異的なセールスで他のアーティストを圧倒的に突き放すベテランぶり。
流石の結果である。

これまでの来歴を振り返ってみましょう。

1975年頃、青山学院大学で活動が始まり、音楽サークル“Better Days”のメンバーだった桑田を中心に母体となるバンドが結成された。
桑田の青学時代の同級生である宮治淳一が、サザン・ロックと、アメリカサルサ・グループ、ファニア・オールスターズを組み合わせた「サザンオールスターズ」を風呂の中で安易に思いつき、そのまま使用することとなった。この「オールスターズ」には「これ以上バンド名を考えるのが面倒だった」という理由のほかに「メンバーチェンジがあってもいいよう、流動的に入れ替わる全てのメンバーを総称してのバンド名」という意味もあるといわれている。
アマチュア時代に幾度かのメンバーチェンジを経て、青学生ではなかった松田弘、野沢秀行も加わり、メンバーはデビュー時の6人に固まった。
満を持して1978年(昭和53年)6月25日、シングル「勝手にシンドバッド」で華々しくデビュー。

サザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」.jpg

それまであった歌謡曲やロックなどのジャンルにとらわれない衝撃的な印象を残し、なおジョギングシャツにパンツスタイル、歌詞が「何を言っているのか聞き取れない」など話題はさらに集まりサザンの名は全国区へ広まる。
デビューシングルは最高3位、51.5万枚を超えるヒットになり、2ndシングルへの期待とプレッシャーで桑田自身がノイローゼ状態の中で生まれたのが「気分しだいで責めないで」であった。
レコード会社とメンバーの間では3枚目のシングルまでは同系列の曲調でシングルをリリースするという方向性であった為、4thシングル「思い過ごしも恋のうち」を3枚目に持ってくることが内定していたが、急遽メンバー間で「飽きた」という理由から「今自分たちのやりたい音楽をやろう!」という意志で変更され名曲「いとしのエリー」が誕生した。
3rdシングル「いとしのエリー」は79年3月25日にリリースされ自身最高位である2位、72.8万枚の大ヒット。

サザンオールスターズ「いとしのエリー」.jpg

なおTBS系列ドラマ「ふぞろいの林檎たち」の主題歌としてお馴染みの同曲だが、発売当初はノンタイアップでのヒットを飛ばした。
ドラマタイアップが付いたのは発売から4年後の1983年の事。つまりノンタイアップで80年代のサザン最大のヒット曲を生み出したのは楽曲の良さが評価された事。
同曲により「本格派の音楽バンド」という評価を受け始めるようになり、その人気を確実なものにした。
同年79年の大晦日、NHK「第30回紅白歌合戦」に初出場を決める。以後82年、83年と紅白に3度出場する記録を残している。(1983年以降、30年来出場は一切していない)
そんな1980年(昭和55年)、「FIVE ROCK SHOW」計画を発表。
テレビなどに一切出ず、楽曲製作やレコーディングに集中する、5ヶ月の中で毎月1枚ずつシングルを出すと発表したが、そのシングルはメディアへの露出が大幅に減ったのも影響、どれも「ヒット」と呼ぶには至らなかった。1981年発売の12thシングル「Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)」(4.6万枚/最高位49位)は現在でもサザンの全シングル中ワーストの売り上げを記録している。
アルバムは毎度チャート上位を獲得し好調な売上を記録するものの、シングルだけはしばらく売り上げが低迷する状態が続いた。

そんな低迷期を脱したのが1982年1月21日リリースの14thシングル「チャコの海岸物語」(58.4万枚/最高位2位)の大ヒットである。

サザンオールスターズ「チャコの海岸物語」.jpg

歌謡曲やグループサウンズを意識した仕上がりとなっており、同作は初登場46位であったものお、桑田佳祐と原由子の結婚発表とともに話題となり急上昇。結果的に最高位2位、58.4万枚と80年代サザンの中で「いとしのエリー」に次ぐ高セールス作品となる。
しかしこの曲は桑田自身がイロモノの位置付けで製作した楽曲であり、いわく「街で流れていても『へぇー』ぐらいしか思わない、好きだけど嫌いな曲」で、ヒットはしたものの、バンドとしては微妙な曲となってしまった。
1990年日本テレビ系の『歌のトップテン』に出演した際、「サザンの歴史上、最低のヒット曲です」と発言したこともある。もっとも、近年では自身のライブで取り上げられる機会も多く、以前ほど否定的な発言も見られないため、今ではある程度フッ切れた状態にあると思われる。

以後安定なシングルセールスを続け続々とTOP10入りヒットを記録。
1985年9月にサザンとしては初の2枚組オリジナルアルバム「KAMAKURA」を発売。
数回の発売延期を重ねつつも長期間のレコーディングセッションの中で生まれたこの濃密なアルバムには、サザン史上最高のアルバムだという声もあり、現にそれまでにリリースした8枚のアルバムの中でも2番目に売れた96.0万枚を記録する。
同製作時期に原が産休に入り、サザンとしての活動もひとつの頂点に達してしまったため一旦活動を休止。桑田はKUWATA BANDとしての活動の後個人ソロを開始し、他のメンバーもそれぞれソロ活動に入った。
これが初めてサザンオールスターズが活動休止に入った時期である。

それぞれの充電期間を経て1988年6月25日、デビュー10周年の記念となる日に24thシングル「みんなのうた」(31.8万枚/最高位2位)を発売し、サザンとしての活動を本格的に再開。このシングルから小林武史がアレンジ、プロデュース業を共に行うようになっている。
翌年の89年にはサザン初となる10周年記念限定ベストアルバム「すいか」(32.5万枚/最高位1位)をリリース。

サザンオールスターズ「すいか」.jpg

CD4枚組全61曲、おしゃれなスイカ柄の缶にトランクス、パンツ付きという豪華な特典にファンは店頭に殺到。
初登場1位を獲得し、見事30万セットを即売した。絶版となった今でもこのCDは高値で取引され、サザンのアイテムの中では欠かせないアイテムとなっている。なお、カセット版はさらに稀少でCD盤の「すいか」に比べ入手が困難とされている。

1989年6月7日、26枚目のシングル「さよならベイビー」(25.8万枚/最高位1位)で念願のシングルチャート初登場1位を獲得する。

サザンオールスターズ「さよならベイビー」.jpg

それまでレコード、CD、カセットでは1位獲得経験があったものの、シングルでは最高位2位止まりだったサザン。
意外にも26枚目、デビューから11年目にして初の1位を獲得することとなる。
アナログ時代からデジタル時代へ移行を始めた90年代へ突入。
90年1月13日、アルバム「Southern Al Stars」をリリース。実に「KAMAKURA」以来4年半ぶりのオリジナルアルバムである。
その期待と作品の出来栄えは瞬く間に評価され119.5万枚を売り上げ自身初のミリオンセラーとなった。

同年7月リリースの28thシングル「真夏の果実」(54.9万枚/最高位4位)は桑田自身が初監督を務める映画「稲村ジェーン」の主題歌に起用され大ヒット。
9月1日には「真夏の果実」をはじめとする数々のサザンのヒット作を1枚にしたサントラアルバム「稲村ジェーン」をリリース。
近年のサザンベスト的な仕上がりで初登場1位、133.7万枚を記録。当時ではサントラでミリオンセラーを記録するのは「フラッシュダンス」以来の快挙で数少ない記録であった。

91年7月リリースの29thシングル「ネオ・ブラボー!!」(43.1万枚)で「さよならベイビー」以来2作目の初登場1位を記録。
43万枚という大ヒットでありながら、本作はシングル盤のみでしか聴けない珍しい処置である。
これまでのサザンのオリジナルアルバム、ベストアルバムにも収録されていない。

92年7月には2枚同時リリース「涙のキッス」(154.9万枚/最高位1位)「シュラバ★ラ★バンバ」(96.9万枚/最高位2位)を発表。
シングルチャートにおいて1位、2位を独占する記録を作るとともに、「涙のキッス」はTBS系列ドラマ「ずっとあなたが好きだった」の主題歌に起用され7週連続1位、シングルでは初のミリオンセラーを達成した。
また9月にはオリジナルアルバム「世に万葉の花が咲くなり」をリリース、179.9万枚という大ヒットを記録している。

翌年93年7月にも同じ形態で2枚シングルリリース「エロティカ・セブン」(174.2万枚/最高位1位)、「素敵なバーディー」(51.3万枚/最高位3位)を発表。
「エロティカ〜」はドラマ「悪魔のKiss」主題歌に起用、サザン最大のヒット作となる174.3万枚を記録。(1993年時点)
同年9月にはサザンオールスターズのマスター音源を奪ったと公表する団体が「Z団」が表れる。
「サザンオールスターズの過去の音源をリミックスした作品を9月8日にCDを発売する」という情報以外、レコードショップに内容や名前などは明かされなかった。サザンのファンは、自身でも知らない謎のCDの購入のため発売日前日から徹夜してレコードショップに並ぶ者が多く見られ、その様子が当時のニュース番組に取り上げられるという前代未聞の騒動となった。

結局CDのクレジットなどに歌詞や使用曲などの情報などは一切載っておらず、「江ノ島」というリミックス作品1枚を発売するのみで自然消滅という形になっている。もちろんサザンオールスターズのマスター音源を盗んで製作したというのは “ネタ” であり、事実でないことは言うまでもなく、ビクターの企画の1つであった。
11月には初のクリスマスシングル「クリスマス・ラブ(涙のあとには白い雪が降る)」(66.7万枚/最高位3位)がリリース。
デビュー15周年には相応しい活動活発な1年であった。

93年10月に88年以来5年ぶりにソロ活動を再開させた桑田佳祐。
ソロ活動を経て1995年5月に1年半ぶりとなるシングル「マンピーのG★SPOT」(51.4万枚/最高位4位)で活動再開し3ヶ月連続リリースへ。
6月24日には「すいか」に続く限定3枚組アルバム「HAPPY」をリリース。
タイトルの通り、「ハッピ」を封入した企画アルバムで、高額であるにも関わらず「すいか」の倍にあたる69.1万枚を完売した。
95年7月発表の36thシングル「あなただけを〜Summer Heartbreak〜」(113.2万枚/最高位1位)は月9ドラマ「いつかまた逢える」の主題歌に起用されミリオンへ。

翌96年5月には日本テレビ系列ドラマ「透明人間」主題歌に起用された「愛の言霊〜Spiritual Message〜」(139.5万枚/最高位1位)が2作連続でミリオン達成へ。まさにCD黄金期であり、ミリオンセラーはブランドの如く次々と誕生した時期でもあった。
また嬉しい3ヶ月連続リリース第2弾は38thシングル「太陽は罪な奴」(38.6万枚/最高位5位)、7月20日には待望の約4年ぶりオリジナルアルバム「Young Love」をリリース。それまで自身でも未達の領域であった200万枚を簡単に抜き249.6万枚という自己最高セールスを記録。

デビュー20周年を迎えた1998年、6月25日には2枚組ベストアルバム「海のYeah!!」(348.7万枚)を発表。

サザンオールスターズ「海のYeah!!」.jpg

それまで発表してきた「すいか」「HAPPY」に続くベストアルバム第3弾であるが、本作は敢えて限定形式ではなく一般発売としてリリース。
既存のユーザー、新規ユーザーともにいつのタイミングでも購入でき、尚且つその選曲はサザンを全く知らない人でもわかりやすい入門的な1枚とした仕上がりとなっている。
初動売上は何といきなりの100.4万枚、ミリオンでのスタートを切った。
10週連続でTOP10内をキープし、2週以降も28.8万枚→22.1万枚→15.9万枚→16.1万枚→12.7万枚→9.4万枚と発売から7週目にして205.4万枚に達しダブルミリオンへ。
現在まで(2013.6.10)にTOP300内への滞在は382週、小田和正の「自己ベスト」(500週)に次ぐ歴代2位のロングセラーとして今なお売れ続けている不滅のベストである。勿論シングル、アルバムを通じ自己最高のセールスを誇る作品となっている。

97年〜99年はサザンの中でも不調な時期であり、その要因はシングル曲における曲調路線の変更に伴いファン離れが起きた時期という説もあるが真実ではない。
しかしながら97年〜99年はシングルにおいても1位獲得作がなく、またそれまでオリジナルアルバムは必ずミリオン記録であった法則も「さくら」のセールス97.0万枚で連続記録はストップする事態も発生した。(とはいえ97万枚は十分なセールスであるのだが・・・)
不遇の時期を脱したのは2000年1月26日リリースの44thシングル「TSUNAMI」である。

サザンオールスターズ「TSUNAMI」.jpg

99年の年末よりバラエティ番組「ウンナンのホントコ」内の企画であった「未来日記」のテーマソングに同作が抜擢。
タイトル曲のみクレジットされ、リリース日は未定とあった。
それはサザンのファンでなくとも聴き惚れてしまう見事なバラードソングであった。
テレビからの殺到に伴いリリースされた「TSUNAMI」は初動で65.4万枚を売り上げ初登場1位を獲得。
96年の「愛の言霊」以来3年半ぶりの1位であり、シングル自身最高の初動売上であった。
2週目35.0万枚(1位)でミリオン、3週目33.0万枚(2位)→4週目25.1万枚(1位)→5週目21.3万枚(1位)→6週目17.8万枚(1位)→7週目11.8万枚(5位)で200万枚を突破。
合計で5週1位、累計セールスは293.6万枚に達し歴代3位のセールスを誇る平成時代では最大となる売上であるとともにシングルCDパッケージとしても最高セールス作品となる。(歴代1位、2位のパッケージ形態はEPレコード)
同年には3作のシングルをリリース、「HOTEL PACIFIC」は82.4万枚/最高位2位、「この青い空、みどり」は35.4万枚/最高位3位と好調なセールスを維持、メガヒット作「TSUNAMI」を収録した2枚組バラードベスト「バラッド3〜the album of LOVE」を11月に発表。
初動売上は136.9万枚、2週目41.9万枚、3週目18.8万枚、4週目11.4万枚で200万枚を超え、累計では289.7万枚、TOP300内には210週ランクインするというロングセラーに。
最大セールスである「海のYeah!!」に次ぐサザンのアルバム2番目の高セールスを誇るファンには欠かせない代表的なアルバムとなっている。

そんな好調期の2001年、3度目の活動休止期間へ入り桑田佳祐はソロ活動を再開。
2003年6月25日、デビュー25周年を記念し25万セット限定でデビューシングル「勝手にシンドバッド」を特例の再発。
オリコンチャートで1978年の発売から25年経過しての1位獲得という記録を樹立した。
同年7月には47thシングル「涙の海で抱かれたい〜SEA OF LOVE〜」(74.2万枚/最高位1位)で本格的に活動再開。

2008年5月19日、デビュー30周年を迎えるにあたり、作品リリースやライブ開催など活動再開に関わる報告と同時に、翌2009年以降無期限でのバンド活動休止が発表された。
8月6日に活動最後となる53thシングル「I AM YOUR SINGER」(52.3万枚/最高位1位)をリリース。
本作は初回限定盤に「ハッピ」を封入した豪華盤となっており、シングルリリース形態に付属を付けたのは最初で最後であった。
8月16・17日、23・24日、約2年半ぶりとなる単独コンサート「サザンオールスターズ 真夏の大感謝祭 30周年記念LIVE」を横浜の日産スタジアムにて開催、これを最後に無期限活動休止へ入り現在に至る。

長くなりましたが1日でも早いサザン復活の朗報を首を長くして待っています。
最後にこれまでのサザン35周年を総括して全ての作品の売上ディスコグラフィーを記載しておきます。

■サザンオールスターズ 作品別ディスコグラフィー■
売上はレコード、カセット、CD、再発盤を合算集計しています。
赤文字は1位獲得作品

◆アルバム

<オリジナル>
1st 10.4万枚 熱い胸さわぎ/最高位16位/1978.8.25
2nd 68.0万枚 10"ナンバーズ"からっと/最高位2位/1979.4.5
3rd 39.1万枚 タイニイ・バブルス/最高位1位/1980.3.21
4th 48.5万枚 ステレオ太陽族/最高位1位/1981.7.21
5th 97.3万枚 NUDE MAN/最高位1位/1982.7.21
6th 63.9万枚 綺麗/最高位1位/1983.7.5
7th 81.7万枚 人気者で行こう/最高位1位/1984.7.7
8th 96.0万枚 KAMAKURA/最高位1位/1985.9.14
9th 119.5万枚 Souhern All Stars/最高位1位/1990.1.13
10th 179.9万枚 世に万葉の花が咲くなり/最高位1位/1992.9.26
11th 249.6万枚 Young Love/最高位1位/1996.7.20
12th 97.0万枚 さくら/最高位1位/1998.10.21
13th 113.4万枚 キラーストリート/最高位1位/2005.10.5


<ベスト>
1st 63.3万枚 バラッド '77〜'82/最高位1位/1982.12.5
2nd 30.3万枚 バラッド2 '83〜’86/最高位1位/1987.6.21
3rd 32.5万枚 すいか/最高位1位/1989.7.21
4th 69.1万枚 HAPPY!/最高位1位/1995.6.24
5th 348.7万枚 海のYeah!!/最高位1位/1998.6.25
6th 289.8万枚 バラッド3〜the album of LOVE〜/最高位1位/2000.11.22


<サウンドトラック>
1st 133.7万枚 稲村ジェーン/最高位1位/1990.9.1

<カセット限定アイテム>
1st 11.2万枚 ベスト・オブ・サザンオールスターズ/最高位4位/1979.11.25
2nd 8.6万枚 KIck Off/最高位10位/1980.7.5
3rd 8.9万枚 アーリー・サザンオールスターズ/最高位13位/1980.11.25
4th 10.2万枚 サザンオールスターズ・ベスト/最高位33位/1981.10.25

<リミックス盤>
1st 90.1万枚 江ノ島<Z団名義>/最高位2位/1993.9.8

◆シングル

1st 51.5万枚 勝手にシンドバッド/最高位3位/1978.6.25
2nd 27.8万枚 気分しだいで責めないで/最高位10位/1978.11.25
3rd 72.8万枚 いとしのエリー/最高位2位/1979.3.25
4th 22.8万枚 思い過ごしも恋のうち/最高位7位/1979.7.25
5th 37.7万枚 C調言葉に御用心/最高位2位/1979.10.25
6th 10.1万枚 涙のアベニュー/最高位16位/1980.2.21
7th 6.9万枚 恋するマンスリー・デイ/最高位23位/1979.3.21
8th 11.3万枚 いなせなロコモーション/最高位16位/1980.5.21
9th 5.2万枚 ジャズマン/最高位32位/1980.6.21
10th 4.9万枚 わすれじのレイド・バック/最高位28位/1980.7.21
11th 7.9万枚 シャ・ラ・ラ/最高位29位/1980.11.21
12th 4.6万枚 Big Star Blues(ビッグスターの悲劇)/最高位49位/1981.6.21
13th 5.5万枚 栞のテーマ/最高位35位/1981.9.21
14th 58.4万枚 チャコの海岸物語/最高位2位/1982.1.21
15th 29.7万枚 匂艶 THE NIGHT CLUB/最高位8位/1982.5.21
16th 34.0万枚 Ya Ya(あの時代を忘れない)/最高位10位/1982.10.2
17th 32.5万枚 ボディ・スペシャルU/最高位10位/1983.3.5
18th 7.4万枚 EMANON/最高位24位/1983.7.5
19th 12.3万枚 東京シャッフル/最高位23位/1983.11.5
20th 30.2万枚 ミス・ブランニュー・デイ/最高位6位/1984.6.25
21th 12.5万枚 Tarako/最高位11位/1984.10.21
22th 38.6万枚 Bye Bye My Love(U are the one)/最高位4位/1985.5.26
23th 26.6万枚 メロディ/最高位2位/1985.8.21
24th 31.8万枚 みんなのうた/最高位2位/1988.6.25
25th 11.3万枚 女神たちへの情歌(報道されないY型の彼方へ)/最高位4位/1989.4.12
26th 25.8万枚 さよならベイビー/最高位1位/1989.4.12
27th 18.2万枚 フリフリ'65/最高位2位/1989.11.21
28th 54.9万枚 真夏の果実/最高位4位/1990.7.25
29th 43.1万枚 ネオ・ブラボー!!/最高位1位/1991.7.10
30th 96.9万枚 シュラバ★ラ★バンバ/最高位2位/1992.7.18
31th 154.9万枚 涙のキッス/最高位1位/1992.7.18
32th 174.3万枚 エロティカ・セブン/最高位1位/1993.7.21

33th 51.3万枚 素敵なバーディー(NO NO BIRDY)/最高位3位/1993.7.21
34th 66.7万枚 クリスマス・ラブ(涙のあとには白い雪が降る)/最高位3位/1993.11.20
35th 51.4万枚 マンピーのG★SPOT/最高位4位/1995.5.22
36th 113.2万枚 あなただけを〜Summer Heartbreak〜/最高位1位/1995.7.17
37th 139.5万枚 愛の言霊〜Spiritual Message〜/最高位1位/1996.5.20

38th 38.6万枚 太陽は罪な奴/最高位5位/1996.6.25
39th 23.9万枚 01 MESSEGER〜電子狂の詩〜/最高位5位/1997.8.21
40th 21.5万枚 BLUE HEAVEN/最高位5位/1997.11.6
41th 58.8万枚 LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜/最高位4位/1998.2.11
42th 19.5万枚 PARADISE/最高位4位/1998.7.29
43th 10.6万枚 イエローマン〜星の王子様〜/最高位10位/1999.3.25
44th 293.6万枚 TSUNAMI/最高位1位/2000.1.26
45th 82.4万枚 HOTEL PACIFIC/最高位2位/2000.7.19
46th 35.4万枚 この青い空、みどり〜BLUE IN GREEN〜/最高位3位/2000.11.1
47th 29.1万枚 勝手にシンドバッド(25th Ver.)/最高位1位/2003.6.25
48th 74.2万枚 涙の海で抱かれたい〜SEA OF LOVE〜/最高位1位/2003.7.23
49th 27.9万枚 彩〜Aja〜/最高位1位/2004.4.14
50th 45.8万枚 君こそスターだ/最高位1位/2004.7.21
51th 37.2万枚 愛と欲望の日々/最高位1位/2004.11.24

52th 25.9万枚 BOHBO No.5/最高位3位/2005.7.20
53th 22.5万枚 DIRTY OLD MAN〜さらば夏よ〜/最高位1位/2006.8.9
54th 52.3万枚 I AM YOUR SINGER/最高位1位/2008.8.6

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2013年06月02日

<徹底解析N>80年代アイドル時代 小泉今日子の記録・・・nammyblog vol.88

NHK朝の連続小説「あまちゃん」出演中の小泉今日子。
脚本も朝の連ドラ初担当の宮藤官九郎氏。とても面白い仕上がりになっています。
彼女が劇中内で天野春子役で歌う「潮騒のメモリー」が密かに注目されている。
これは1984年に鈴鹿ひろ美が歌っていた映画主題歌という架空設定。
その鈴鹿ひろ美役を薬師丸ひろ子が演じるというのだからさらに注目だ。
80年代の往年アイドルである彼女らが30年経った今、再びテレビで役であるが歌声を聴かせてくれる。
これはファンとして嬉しい限りでしょう。
是非14年ぶりにCDシングル化してもらいところだ。

80年代女性アイドルといえば、松田聖子と中森明菜が圧倒的なセールスを記録し大きく代名詞として挙げられるが、キョンキョンも負けてはいない。
総売上枚数は1423.5万枚というアイドルではなかなか成せない1000万枚を突破した数少ないアイドルの一人である。

1981年の1月〜3月期、日本テレビの「スター誕生!」に出演し見事合格、芸能事務所(バーニングプロダクション)およびレコード会社(ビクター)と契約をし1982年3月にシングル「私の16才」でデビュー。
当時はアイドル旺盛時代で同期には堀ちえみ、三田寛子、石川秀美、松本伊代、早見優、中森明菜、シブがき隊など「花の82年組」の一人。
愛称は「キョンキョン」、1985年のシングル「なんてったってアイドル」で過去例にはなかった自信をアイドルと称して話題を呼んだ。
歌手、女優を通じ1995年2月に永瀬正敏と結婚後は歌手活動も自粛時期に入り、最後にリリースされたシングルは99年8月の「for my life」以来発表されていない。
2012年3月21日にはこの日デビュー30周年を迎えた彼女がベストアルバム「Kyon30〜なんてったって30年」をリリース、最高位11位を記録した。

兼ねてからのファン、「あまちゃん」を通じて初めて知った人にも彼女が音楽界にどれだけ記録を残したか数字として振り返ってみましょう。

■デビュー30年 小泉今日子のヒット記録■

トータルセールス:1423.5万枚
シングル:925.9万枚/アルバム:497.6万枚

1位獲得数:シングル11作/アルバム2作
TOP10獲得数:シングル33作/アルバム24作
ミリオンセラー獲得数:シングル1作/アルバム0作


シングルでは1983年2月発売の「春風の誘惑」から1994年11月発売の「月ひとしずく」まで33作連続(12インチシングル、あんみつ姫名義含む)でTOP10入りを果たす。シングル40枚リリースのうち33枚がTOP10入り、これは素晴らしい事でしょう。
激動の80年代アイドル時代を駆け抜け11年連続で第一線を維持し続けたその人気は凄まじい。
初めて1位を獲得するのは1984年3月の9枚目「渚のはいから人魚」、デビューから2年後の事だった。
5作連続で1位を獲得し、通算11作の1位獲得曲がある。
その中でも1991年に自身が主演を務めるドラマ「パパとなっちゃん」主題歌である「あなたに会えてよかった」が105.4万枚という初のミリオンヒットへ。
その後もドラマ主題歌として「優しい雨」(93年)は最高位2位ながら95万枚、「My Sweet Home」(94年)は44万枚と好調なセールスを記録した。
80年代で最大記録を残した「ヤマトナデシコ七変化」(84年)の41.3万枚(通常盤、12インチ合算)をいとも簡単に塗り替えた。


◆シングルセールスTOP20
@ 105.4万枚 あなたに会えてよかった/1位/1991.5.21
A 95.9万枚 優しい雨/2位/1993.2.3
B 44.7万枚 My Sweet Home/4位/1994.2.2
C 41.3万枚 ヤマトナデシコ七変化/1位/1984.9.21
D 37.7万枚 迷宮のアンドローラ/1位/1984.6.21
E 37.4万枚 The Stardust Memory/1位/1984.12.21
F 34.8万枚 艶姿ナミダ娘/3位/1983.11.1
G 33.5万枚 学園天国/3位/1989.11.1
H 33.1万枚 渚のはいから人魚/1位/1984.3.21
I 28.4万枚 なんてったってアイドル/1位/1985.11.21
J 27.9万枚 木枯しに抱かれて/3位/1986.11.19
K 26.7万枚 常夏娘/1位/1985.4.10
L 26.0万枚 見逃してくれよ!/1位/1990.3.1
M 23.5万枚 水のルージュ/1位/1987.2.25
N 23.0万枚 月ひとしずく/7位/1994.11.14
O 22.7万枚 自分をみつめて/4位/1992.6.3
P 22.7万枚 まっ赤な女の子/8位/1983.5.5
Q 21.9万枚 半分少女/4位/1983.7.21
R 21.3万枚 BEAUTIFUL GIRLS/14位/1995.11.1
S 20.7万枚 クライマックス御一緒に/4位/1984.1.1


上位TOP3が全て90年代作品、ドラマ主題歌としてヒットした作品ですね。まさに空前のタイアップブームでもあった90年代、楽曲とタイアップが見事に融合した結果といえるでしょう。
80年代にヒットした作品もズラリ。レコード時代でのセールス低迷時期ではあるが、上位20作全てが20万枚オーバーという安定売上にも注目したいところです。

◆アルバムセールスTOP10<レコード、カセット、CDは合算集計>
@ 39.2万枚 Celebration/4位/1984.12.5
A 33.0万枚 anytime/12位/1994.12.1
B 31.9万枚 Today's Girl/1位/1985.2.21
C 28.3万枚 afropia/1位/1991.7.26
D 27.2万枚 K2 Best Seller/2位/1992.3.21
E 23.0万枚 ザ・ベスト/9位/1986.12.16
F 23.0万枚 Betty/3位/1984.7.21
G 22.9万枚 Hippies/3位/1987.3.5
H 20.8万枚 マイ・ファンタジー/1982.8.21
I 18.1万枚 今日子の清く楽しく美しく/2位/1986.2.21


上位2位をベストアルバムが独占。
レコード時代の初期ベストがトップを飾った。
デビューシングル「私の16才」から11thシングル「ヤマトナデシコ七変化」までを収めた内容で80年代前期の集大成となっている。
私も所持するこのレコード、今改めて聴いても良い作品ばかりだ。
2位には80年代後期から90年代初頭を中心に集められたベスト盤。
ミリオンヒットの「あなたに会えてよかった」や「優しい雨」など90年代のドラマ主題歌やCMソングを中心に構成されたもの。
シングルに比べアルバムセールスはやや弱めである結果である。

◆デビュー盤記録

小泉今日子「私の16才」.jpg
シングル「私の16才」
発売日:1982年3月21日
売上枚数:9.7万枚/最高位22位
初動売上0.3万枚/初登場:72位


初登場72位→55位→39位→35位→22位と登場5週目で最高位22位へ到達した。

小泉今日子「マイ・ファンタジー」LP.jpg
アルバム「マイ・ファンタジー」
発売日:1982年8月21日
売上枚数:20.8万枚(LP 13.7万枚/カセット 7.2万枚)
最高位:LP2位/カセット7位
初動売上:2.4万枚/初登場2位


デビューアルバムがLPチャートでいきなり初登場2位!!
1stシングルは最高位22位、2ndシングルは最高位19位とデビューアルバムにして初めてTOP3入りを果たした記念すべきデビュー盤です。
その人気は確かでした。
最後にキョンキョンのデビュー年1982年〜活動期1995年までの各年間別でそのセールスを追ってみましょう。

◆アーティスト別年間セールスランキング(各年間TOP1000より/売上単位:10万円)

1982年度 47位/8,204
1983年度 16位/16,811
1984年度 7位/25,708
1985年度 8位/32,696
1986年度 26位/14,134
1987年度 7位/22,818
1988年度 30位/11,353
1989年度 38位/12,019
1990年度 51位/10,554
1991年度 38位/18,465
1992年度 56位/14,456
1993年度 67位/12,536
1994年度 97位/6,972
1995年度 76位/12,785


売上高ピーク期は1985年度、デビューから3年目のブレイク期でした。
シングルはこの年5作リリース中4作が1位を獲得、アルバムはベストとオリジナルがともに30万枚を超えた年。
90年代はシングルが硬調な反面、アルバムのセールスが思わしくなかった為、順位は下げるも10億円以上をキープ。
10億以上の売上高を記録してもTOP50内に入れない90年代のレベルの高さ。
さすがCDバブル期であるというのが数字からもわかりやすい。
posted by nammy at 17:32| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 徹底解析シリーズ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月30日

<徹底解析M>7回忌、ZARD坂井泉水が残した栄光の記録を振り返る・・・nammyblog vol.86

ZARDの坂井泉水が40歳という若さでこの世を去ってから早いもので丸6年。
今年七回忌を迎えた彼女が音楽界に残した作品と記録はいつまでもファンの心の中に残っていることだろう。
私もファンの一人であり、2007年5月27日、あの速報を聞いた時点で仕事が手に付かなかったのを今でも覚えている。

1990年代、バブル崩壊後に訪れたCDミリオン時代へ突入、不景気とは裏腹にテレビから流れるヒット曲はたちまちミリオンを誕生させ、その渦中に属したのはプロモーション団体「ビーイング」であった。
所属するアーティストはテレビには出演せず、タイアップを使いあっという間に大ブームへと進化した。
B'z、チューブ、ZARD、WANDS、T-BOLAN、大黒摩季、DEEN、ZYYG、B.B.クイーンズ、Mi-Ke、REV、MANISH、BAADなど・・・。
全盛期のビーイングは作曲家に織田哲郎、栗林誠一郎、アレンジは葉山たけし、明石昌夫が主に担当をしていた。

ビーイングの中でも女性アーティストで圧倒的なセールスを叩きだしたのは言うまでもない、ZARDであった。
歴代トータルセールス第8位にランクインする彼女のこれまでの記録をこの機会に残しておきたい。

■ZARDが残した栄光の記録の数々■

トータルセールス:3761.0万枚
シングル:1788.4万枚/アルバム:1972.6万枚


アーティストセールス:歴代8位
(シングル部門、アルバム部門も同様歴代8位)
ソロ女性アーティスト部門:歴代3位


首位獲得数:シングル12作/アルバム11作

TOP10獲得数:シングル44作/アルバム18作

ミリオン獲得数:シングル3作/アルバム9作

最高売上:
シングル 164.5万枚/負けないで(1993年)
アルバム 303.4万枚/ZARD BEST The Single Collection〜軌跡〜(1999年)


アーティスト別年間セールス<1991年〜2008年>(売上金額単位:10万円)
1991年度 144位/3,202
1992年度 23位/28,484
1993年度 1位/133,363
1994年度 5位/78,848
1995年度 6位/91,364
1996年度 13位/64,685
1997年度 9位/82,936
1998年度 74位/10,839
1999年度 3位/176,657
2000年度 54位/15,810
2001年度 67位/11,725
2002年度 96位/7,671
2003年度 297位/1,385
2004年度 101位/7,047
2005年度 67位/11,067
2006年度 29位/19,482
2007年度 13位/30,460
2008年度 45位/11,387


1993年はまさに本格ブレイクの年、133億というとんでもない記録。シングルもアルバムも出せば大ヒットが当り前でした。
特にアルバム「揺れる想い」は200万枚を超える大ヒットで年間でも1位を獲得してましたね。
93年〜99年は向かうところ敵なし状態ですね。
98年だけはリリースが薄かった年で年間では低い順位になっていますが・・・。
ベストアルバムが300万枚、オリジナルアルバムが100万枚を越えた99年が一番ZARDの中で金額を叩いた年でしたね。
176億円って・・・。凄い

亡くなった2007年は追悼として旧譜の作品が軒並み再浮上した結果ですね。
誠に残念ではありますが、訃報が皮肉にも99年以来8年ぶりに年間アーティストセールスTOP20入りを果たした年でもありました。

アルバム作品TOP10

@ 303.4万枚 ZARD BEST The Single Collection〜軌跡〜/1位/1999.5.28
A 223.9万枚 揺れる想い/1位/1993.7.10
B 200.5万枚 ZARD BLEND〜SUN&STONE〜/1位/1997.4.23
C 200.2万枚 OH MY LOVE/1位/1994.6.4
D 177.4万枚 forever you/1位/1995.3.10
E 165.5万枚 TODAY IS ANOTHER DAY/1位/1996.7.8
F 149.7万枚 ZARD BEST Request Memorial/1位/1999.9.15
G 115.0万枚 永遠/1位/1999.2.17
H 106.6万枚 HOLD ME/2位/1992.9.2
I 94.3万枚 Golden Best 15th Anniversary/1位/2006.10.25

改めて見てZARDのセールスには恐れ入る。
何が凄いってアルバム9作連続ミリオンセラー。
これはなかなか出来るものじゃないですよね。
1992年の「HOLD ME」から1999年の「ZARD BEST Request Memorial」まで。
うちベスト3作、オリジナル6作がミリオン級。
全盛期でも決してテレビに出なかった彼女。彼女の歌声、歌詞、楽曲、その全てがファンを夢中にさせた結果。


シングル作品TOP10

ZARD「負けないで」.jpg

@ 164.5万枚 負けないで/1位/1993.1.27
A 139.6万枚 揺れる想い/1位/1993.5.19
B 100.1万枚 マイ フレンド/1位/1996.1.8
C 88.7万枚 この愛に泳ぎ疲れても/1位/1994.2.2
D 87.2万枚 きっと忘れない/1位/1993.11.3
E 84.4万枚 もう少し あと少し・・・/2位/1993.9.4
F 80.2万枚 君がいない/2位/1993.4.21
G 78.8万枚 こんなにそばに居るのに/1位/1994.8.8
H 74.7万枚 心を開いて/1位/1996.5.6
I 73.8万枚 あなたを感じていたい/2位/1994.12.24
J 72.1万枚 愛が見えない/2位/1995.6.5
K 65.6万枚 Just believe in love/2位/1995.2.1
L 63.6万枚 君に逢いたくなったら・・・/2位/1997.2.26
M 62.9万枚 永遠/1997.8.20
N 60.3万枚 Don't you see!/1位/1997.1.6
O 55.1万枚 サヨナラは今もこの胸に居ます/1位/1995.8.28
P 45.8万枚 眠れない夜を抱いて/8位/1992.8.5
Q 32.2万枚 IN MY ARMS TONIGHT/9位/1992.9.9
R 28.1万枚 風が通り抜ける街へ/3位/1997.7.2
S 24.8万枚 運命のルーレット廻して/1位/1998.9.17


シングルはTOP20を挙げてみました。
46作あるシングルの中で20位でも24万枚という高セールス。
ミリオンはアルバムに比べ3作と一見少ないように感じるが、70万枚以上の安定なセールスを見ればいかに彼女が大活躍した93年〜96年の人気fが数字として立証されるだろう。
さらに「負けないで」でブレイク以後、50万枚以上のセールスを16/46も記録として残しているのだからその人気は紛れもなく本物だ。

いつかお蔵入りになってしまった未発表楽曲を聴ける日をこの先も待ち続けていきたい。
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2013年04月07日

<徹底解析L>デビュー15周年浜崎あゆみを追う・・・nammyblog vol.75

さて4月8日でデビュー15周年を迎える女王浜崎あゆみ。
彼女の軌跡は1998年デビュー後、1999年でブレイクし、J-POP界の頂点を極めた。
近年こそセールス面で伸び悩んでいるが、彼女が残した実績は確かであったことには変わりない。
常に時代をリードするアイドルはその足跡を残している。
70年代の山口百恵から80年代は松田聖子に、90年代安室奈美恵、そして00年代には浜崎あゆみへとそのバトンは時代を追って託されてきた。

めでたくデビュー15年という活動の中でこれまであゆが残した実績をCD売上とともに振り返っていきたい。

◆浜崎あゆみに見るデビュー15周年の軌跡


さて早速ではあるが、本格的に「浜崎あゆみ」としてデビュー以前は女優としてもドラマ・映画に出演していた彼女。
1995年12月には「AYUMI」名義でこんなCDを発売していました。

■AYUMI「NOTHING FROM NOTHING」
AYUMI「NOTHING FROM NOTHING」.jpg
発売日:1995年9月21日
累積売上:チャートインせず

そう、浜崎あゆみが初めてリリースしたAYUMI名義のCDシングルだ。
8cm盤は1995年9月、マキシとして同年12月に発売されたがTOP100内にはランクインしなかった。
ファンの間では幻のシングルと言われているほど希少な一枚である。
私も既に入手済であるが、浜崎あゆみでは聴けない新鮮なラップ調のサウンドが初々しい。
また1998年11月に発売されたavexのオムニバスアルバム「avex THE ALBUM」のトラック4に収録された浜崎あゆみ&m.c.A.T.による「A」はあゆがラップに挑戦しており、同作はまだ購入できるアルバムなので是非聴いてみてもらいたい。
同作はアルバムにも収録されていない貴重な1曲である。

さて、トータルセールス面ではさすが歴代アーティストセールスでは3位という実績の持ち主。
世紀末から00年代前期を盛り上げた時代を代表するアーティストである。
その累積売上は5000万枚を超える。
その内訳を見てみよう。

■トータルセールス:5034.3万枚
シングルセールス:2141.4万枚
アルバムセールス:2892.9万枚


凄まじい記録ですね。
1位記録はどうなっているのでしょう。

■1位獲得数
シングル:37作/アルバム:20作

■TOP10獲得数
シングル:48作/アルバム:45作


もう少しで50作を越えますね。
シングル自体のリリースは直近で2010年9月から2年7ヶ月発表されていないだけにこの期間に数枚シングルをリリースしていたら記録はさらに更新されたわけですが・・・。

■デビュー曲

浜崎あゆみ「Poker face」.jpg

タイトル:「Poker face」
発売日:1998年4月8日
累積売上:4.3万枚/最高位20位
初動売上:1.1万枚/初登場20位
TOP100内:6週


記念すべきデビューシングル、透き通る高温が初々しい。初登場、最高位ともに20位、avexの新人としてはまずまずのスタートではないでしょうか。
3rdシングル「Trust」で念願のTOP10入り、翌年4月リリースの7thシングル「LOVE〜Destiny〜」ではドラマ主題歌として起用され初登場1位を獲得しましたね。カップリング曲でシャ乱Qのつんくとのデュエットも話題となりました。
同年「AUBE」CFソングとして「Boys & Girls」では遂にミリオンセラー達成となり、見事女王の座を手にすることが出来たんです。
シングルミリオンの前に99年1月発売のデビューアルバム「A Song for xxx」で既に5週連続1位、ミリオンセラーと基礎作りは完成いただけにブレイクにはそう時間がかからなかったのです。

セールス面に目を向けてみましょう。

■シングルセールスTOP10■

浜崎あゆみ「monochrome」.jpg

1位/163.1万枚/A(monochrome)/最高位1位/1999年
2位/136.7万枚/SEASONS/最高位1位/2000年
3位/131.9万枚/M/最高位1位/2000年
4位/103.8万枚/Boys & Girls/最高位1位/1999年
5位/101.3万枚/H(independent)/最高位1位/2002年
6位/95.5万枚/evolution/最高位1位/2001年
7位/76.9万枚/Endless sorrow/最高位1位/2001年
8位/75.7万枚/NEVER EVER/最高位1位/2001年
9位/75.0万枚/Dearest/最高位1位/2001年
10位/57.1万枚/UNITE!/最高位1位/2001年


代表作シングル10作を見るとお気づきの方も多いと思うが、絶頂期に発売した1999年〜2001年の作品のみで構成されているという内容。
唯一10作の中に2002年リリースの「H」がランクインしているが、それ以外は上記の期間に発売されたタイトルばかり。
いかにこの3年間があゆのピーク期であったかを物語っています。
2002年以降は50万枚を下回り、30万枚台から20万枚台へ、直近のシングルでは10万枚に満たないというピーク期の1割程度しか売れていない。こうしたCDが売れない背景はCDを買わずとも簡単にボタン一つで購入出来てしまうダウンロード産業の活発化がますます若者層のCD離れを加速させてしまっているのだろう。
しかしながらシングルにおいては2002年の32thシングル「Free & Easy」から56thシングル「L」まで25作連続初登場1位とセールス面は低下してもなおその記録は更新されているのだから人気は根強い。

アルバム面ではどうだろうか。

■アルバムセールスTOP10■

浜崎あゆみ「A BEST」.jpg

1位/429.4万枚/A BEST/最高位1位/2001年
2位/290.4万枚/Duty/最高位1位/2000年
3位/256.2万枚/LOVEppears/最高位1位/1999年
4位/230.8万枚/I am.../最高位1位/2002年
5位/185.8万枚/RAINBOW/最高位1位/2002年
6位/145.2万枚/A Song for xxx/最高位1位/1999年
7位/113.2万枚/MY STORY/最高位1位/2004年
8位/106.3万枚/Memorial Address/最高位1位/2003年
9位/92.4万枚/A BALLADS/最高位1位/2003年
10位/87.7万枚/(miss)understood/最高位1位/2006年


文句なしのベストが断トツのトップです。
忘れもしません、2001年のトップニュースともいえる宇多田ヒカルとの同時発売合戦。
01年4/9付で「A BEST」が初動売上287.5万枚を記録した際にまさかの初登場2位。
対する1位の宇多田ヒカル「Distance」はオリジナルアルバムながら驚異の初動300.3万枚を売り上げあゆのベストを負かせたという大記録がある。これは45年間あるオリコンの歴史の中でも2度と見られない歴代高得点対決としてこの先も破られることはないだろう。
オリジナルアルバム最高売上は「Duty」の290万枚、まさに上記の代表作シングルを見てわかるようにピーク最大期の2000年に発売された本作、大ヒットシングルもぎっしり詰まった最高傑作といえる作品だろう。
個人的には1stアルバムが最高傑作なんですけどね。

上記で触れた初動売上、さてあゆの最も初週に売れた作品は何だったのでしょう。

■シングル初動売上部門■

1位 55.3万枚 SEASONS
3位 54.1万枚 M
3位 50.9万枚 A(monochrome)
4位 50.3万枚 evolution
5位 43.0万枚 Endless sorrow
6位 42.3万枚 NEVER EVER
7位 41.8万枚 H(independent)
8位 36.6万枚 UNITE!
9位 36.4万枚 Dearest
10位 35.2万枚 vogue


さすが初動50万枚以上の記録が4作品、最新作シングル「L」の初動売上が7.1万枚であるからして、ピーク期の12.7%。
1割程度の売上減少には15年という月日を感じてしまいます。

■アルバム初動売上部門■

1位 287.5万枚 A BEST
2位 175.1万枚 I am...
3位 168.3万枚 Duty
4位 120.2万枚 LOVEppears
5位 101.7万枚 RAINBOW
6位  65.4万枚 (miss)understood
7位  57.4万枚 MY STORY
8位  56.1万枚 A BALLADS
9位  54.8万枚 A Song for XXX
10位 53.9万枚 A COMPLETE〜ALL SINGLES〜


素晴らしい!ダブルミリオン初動も凄まじいですが、2位以下の初動ミリオン作品。
オリジナルアルバムでの初動ミリオンはその人気を表していますね。
08年のオリジナルアルバム「GUILTY」で惜しくも初登場2位とそれまでオリジナル作品連続1位記録が途絶えてしまったが、その際の初動も43.2万枚と決して低い売上ではなかった。
これも運によるもの、いつかは破られてしまう連続記録。
ちなみに今年2月に発売されたオリジナルアルバム「LOVE again」の初動売上は5.3万枚で初登場1位。
オリジナルピークの「Duty」の初動比較すると僅か3%という結果。
ここまでピーク期の差があると絶頂期を知っていたファンにとっては複雑な心境かも知れませんね。
人気はCD売上だけじゃない!その通りですが、今年15周年を機に再びメディアへの露出機会を増やし再び女王君臨する時代がやって来るのだろうか。
posted by nammy at 21:49| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 徹底解析シリーズ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月26日

<徹底解析K>デビュー25周年を迎えるB'zの軌跡・・・nammyblog vol.66

日本の音楽シーンで最もセールス記録を誇るスーパーユニット「B'z」。

B'zイメージ.jpg

今年9月にデビュー結成25周年を迎えるB'zが、6月12日にオールシングル・ベストアルバム「B'z The Best XXV 1988-1998」と「B'z
The Best XXV 1999-2012」のオールタイムシングルベストをリリースすることが発表されました。
今回のベスト盤には、「B'z The Best XXV 1988-1998」が1stシングル「だからその手を離して」から25thシングル「HOME」まで。
「B'z The Best XXV 1999-2012」が26thシングル「ギリギリchop」から50thシングル「GO FOR IT, BABY -キオクの山脈」と、各年代別に分けてリリース順に収録。また、ボーナストラックとしてそれぞれ新曲が2曲ずつ収められている。
何が凄いって、初回限定盤には全シングル52曲のミュージックビデオが完全収録された特典DVDも付属。リリース年とリンクしたミュージックビデオの中には、未発表のライブ映像を初公開する「ALONE」や「BLOWIN'」、「MOVE」もあり、見ごたえ十分。
初期のシングル曲は今までのベストアルバムには収録されていなかった事と、初めて完全収録されるPV集。
これはもはや買うしかないでしょう!

1987年、音楽制作会社ビーイングに所属し、浜田麻里やTM NETWORKなどのツアーサポートやスタジオ・ミュージシャンとして活動していたギタリストの松本孝弘が、「自らの音楽を表現できるバンドを創る」という構想のもと、結成へ向けた活動を開始した。
1988年5月、ボーカリストを探していた松本は、ビーイングの社長で音楽プロデューサーでもあった長戸大幸を介して、稲葉浩志は松本孝弘と曲をあわせる約束を交わす。
2人が初めて出会ってB'z結成・楽曲制作・デビューに至るまでは、約4ヶ月という短い期間であった。
B'z結成時はお互いの合意が形成されないままデビューへの話が進んだらしく、稲葉は結成当時について「振り返ってみれば、これまで松本さんから”一緒にバンドをやろう!”とはっきり口にして言われたことは一度もない」とインタビューやライブMCで語っているエピソードも。
結成当時の音楽業界では、「新人はアルバムを3枚リリースするまでにヒット作品を作れなければ見切りをつけられる」という風習があった。そのため、松本はデビュー時から明確なビジョンを持って制作に当たっており、稲葉と初対面した際に「3年以内に”GB”の表紙を飾る」「3年以内にオリコンの左ページに載る」といった「三ヵ年計画」を力説していたという。
デビューアルバム「B'z」は、88.10/3付で初登場47位、セカンド・アルバム「OFF THE LOCK」は初登場35位と苦戦が続いたが、1989年にリリースしたミニアルバム「BAD COMMUNICATION」に収録された同名の曲が、タイアップの効果もあり有線で注目され始め、オリコン最高位12位ながら163週ランクインするロングヒットを記録した。
1990年リリースの4thシングル「BE THERE」が初登場7位となり、同年リリースの5thシングル「太陽のKomachi Angel」で初のチャート1位を記録した。
そこからはもはや語るまでもないだろう。
現在までに52枚のシングルを発表しているが、5thシングルから46作連続初登場1位、この記録は歴史上どこを探しても彼らしか成せない歴代記録の一つである。

デビュー25周年を記念してこれまでのB'zを数字とともに振り返ってみましょう。

◆数字に見るB'zの25年間の軌跡

データは2012年12月31日現在

総売上枚数/8033.4万枚
アルバム/4489.0万枚
シングル/3544.3万枚


首位獲得数/72作品
アルバム25作/シングル46作

TOP10作品数/76作品
アルバム29作/シングル47作

ミリオンセラー数/34作品
アルバム19作/シングル15作


連続1位記録:23年連続
シングル5th「太陽のKomachi Angel」(90.6/13)〜50thシングル「GO FOR IT,BABY」(12.4/4)

デビューシングル「だからその手を離して」

B'z「だからその手を離して」.jpg

発売日:1988年9月21日
累積売上:TOP100チャートインせず


デビューアルバム「B'z」

B'z「B'z」.jpg

発売日:1888年9月21日
累積売上:33.8万枚/最高位47位
初動売上:0.4万枚/初登場47位
TOP100:47週


☆シングル売上TOP10

B'z「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」.jpg
@ 202.1万枚 愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない/最高位1位/1993年
A 186.2万枚 LOVE PHANTOM/最高位1位/1995年
B 176.4万枚 BLOWIN'/最高位1位/1992年
C 173.6万枚 裸足の女神/最高位1位/1993年
D 149.9万枚 ねがい/最高位1位/1995年
E 144.4万枚 Don't Leave Me/最高位1位/1994年
F 139.4万枚 love me,I love you/最高位1位/1995年
G 131.6万枚 MOTEL/最高位1位/1995年
H 131.1万枚 ZERO/最高位1位/1992年
I 123.6万枚 ミエナイチカラ/最高位1位/1996年


☆アルバム売上TOP10

B'z「B'z The Best Pleasure」.jpg

@ 513.6万枚 B'z The Best "Pleasure"/最高位1位/1998年
A 443.9万枚 B'z The Best "Treasure"/最高位1位/1998年
B 300.3万枚 LOOSE/1995年
C 240.3万枚 IN THE LIFE/1991年
D 219.7万枚 RUN/1992年
E 173.1万枚 MARS/1991年
F 172.3万枚 SURVIVE/1997年
G 171.4万枚 The Ballads-Love & B'z-/2002年
H 169.6万枚 RISKY/1990年
I 163.0万枚 The 7th Blues/1994年


☆シングル初動売上TOP10

B'z「LOVE PHANTOM」.jpg


@ 95.1万枚 LOVE PHANTOM
A 79.1万枚 DOn't Leave Me
B 77.8万枚 裸足の女神
C 73.9万枚 MOTEL
D 72.5万枚 愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない
E 71.6万枚 ミエナイチカラ
F 70.2万枚 ねがい
G 67.2万枚 今夜月の見える丘に
H 61.5万枚 ZERO
I 60.6万枚 Real Thing Shakes


☆アルバム初動売上TOP10
@ 271.0万枚 B'z The Best "Pleasure"
A 250.0万枚 B'z The Best "Treasure"
B 133.6万枚 LOOSE
C 119.0万枚 RUN
D 110.1万枚 B'z The "Mixture"
E 105.0万枚 The Ballads-Love&B'z-
F 105.0万枚 The 7th Blues
G 104.3万枚 IN THE LIFE
H 104.0万枚 SURVIVE
I 102.0万枚 Brotherhood


何というハイレベルな記録でしょう。
アルバムにおいては上位10作すべてが初動で100万枚越え!
シングルの数字も初動でこれだけ売れればミリオン連続も頷ける結果ですね。

☆年度別アーティスト売上

1988年度 436位/トータル327/アルバム260/カセット15/レコード52
1989年度 218位/トータル852/アルバム782/カセット70
1990年度 3位/トータル46,109/シングル9,585/アルバム34,800/カセット1,724
1991年度 1位/トータル103,977/シングル18,167/アルバム82,533/カセット3,277
1992年度 2位/トータル179,948/シングル29,425/アルバム147,039/カセット3,484
1993年度 4位/トータル85,577/シングル35,326/アルバム49,053/カセット1,198
1994年度 3位/トータル104,085/シングル13,434/アルバム90,098/カセット553
1995年度 15位/トータル55,023/シングル55,023
1996年度 4位/トータル113,086/シングル20,804/アルバム92,282
1997年度 5位/トータル99,844/シングル25,773/アルバム74,071
1998年度 1位/トータル354,958/シングル16,949/アルバム338,009
1999年度 14位/トータル57,570/シングル8,229/アルバム49,341
2000年度 8位/トータル77,398/シングル31,054/アルバム46,344
2001年度 17位/トータル52,757/シングル18,124/アルバム34,633
2002年度 10位/トータル40,750/シングル6,314/アルバム34,436
2003年度 3位/トータル90,487/シングル16,080/アルバム74,407
2004年度 28位/トータル23,186/シングル6,152/アルバム1,452/DVD15,582
2005年度 16位/トータル27,331/シングル10,070/アルバム17,111/DVD150
2006年度 7位/トータル63,852/シングル10,610/アルバム53,242
2007年度 16位/トータル27,473/シングル5,741/アルバム9,033/DVD12,699
2008年度 3位/トータル71,558/シングル2,471/アルバム63,878/DVD5,209
2009年度 4位/トータル53,745/シングル8,316/アルバム18,828/DVD26,601
2010年度 28位/トータル13,360/シングル45/アルバム1,817/DVD8,069/BD3,429
2011年度 14位/トータル20,214/シングル5,553/アルバム14,006/BD655
2012年度 33位/トータル12,495/シングル3,263/アルバム115/DVD4,730/BD4,386

総トータル<1988年〜2012年> 1,775,962


ブレイク後の1991年度、そして2枚のベストが空前の大ヒットを記録した1998年度の2度に渡って年間1位を獲得していますね。
総売上額は驚きの1775億円!!
そりゃトータルセールス部門でも歴代1位なわけでしょう。
25年経った今でもそのアーティストパワーは計り知れない。
今年2013年はベストアルバムの発売を機に再びB'z旋風が巻き起こりそうだ。
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2013年03月20日

<徹底解析J>伝説のロックバンドBOØWYの軌跡・・・nammyblog vol.62

BOØWYのデビュー30周年を記念したファンによる初のリクエストベストが3月21日に発売された。
本作はオールキャリアのベストをファンからのリクエストを反映させ、ひとつのアイテムにまとめた唯一のベストアルバム
約10,000通のリクエストが寄せられたデッドヒートの中、リクエストを募りこれまで愛してくれているたくさんのファンたちの思い入れを反映させた究極のベストアルバム。
その気持ちに感謝で応えるとともに、彼らの軌跡をこれからも多くのファンへ、伝えて行きたい・・・生誕30年の最後を締めくくる究極のベスト盤と言えるだろう。
その注目のデイリーチャートは初登場3位、初日売上5,902枚であった。
週間チャートTOP3入りを果たせば2001年11月に発売した「GIGS CASE OF BOØWY」以来11年4か月ぶりの快挙となる。
何が凄いって、現役バンドではなく1988年の解散から25年が経過した今もあらゆる現役アーティストを抑えて3位にランクインするということである。
それだけ彼らが与えた影響力は絶大であり、そして今もなおファンに愛される復活してほしいバンド1位である。

1981年、群馬県高崎市出身の氷室京介、布袋寅泰、松井恒松を中心に結成される。
初ライブ後に高橋まことが加入し、1982年にデビュー。当初は6人編成だったが同年秋に2人が脱退し、以降は解散まで4人編成で活動する。
その音楽性、「誰にも似ない」「何処にも属さない」というバンドスタイル、メディアをほとんど利用しない強気な姿勢、斬新なビジュアル、絶頂期での解散、後に起こるバンドブームの火付け役となり全国に数多くのロックキッズを産むなど、BOØWYが及ぼした影響は絶大である。
代表バンドとしてはGLAYが氷室京介の大ファンであり、2006年に「GLAY×KYOSUKE HIMURO」としてコラボレーションシングル「ANSWER」で実現した。
80年代当時での日本音楽シーンではまだロックバンドが浸透していなく、アイドル、ニューミュージックグループが主流であった。
髪を逆立てたり、斬新な衣装でのパフォーマンスなども彼らが後のバンドブームへの道を切り開いたと言っても良いだろう。
1986年に発売した「BEAT EMOTION」ではチャート初登場1位を獲得、本作で商業面での成功をも手にし「トップに立ったら解散する」というバンド結成当初の目的を果たしたBOØWY。
BOOWY「BEAT EMOTION」.jpg

人気絶頂の最中にあった1987年12月24日に解散を宣言。この突然の出来事は大きな衝撃を与えた。翌年1988年4月4日、5日に東京ドームで行った「LAST GIGS」にてバンド活動に終止符を打つ。このライブのチケットは僅か10分で完売、文京区の電話回線がパンクするという事態も起こりこれら一連の流れからBOØWYの人気は社会現象にまで発展した。

アナログからデジタルへの移行とともにBOOWYの軌跡を数字で振り返ってみよう。

◆BOØWYが残したロックバンドブレイクへの軌跡


総売上:718.3万枚
シングル:79.1万枚(12作)
アルバム:639.2万枚(23作)
1位獲得数:シングル1作/アルバム7作
TOP10内:シングル5作/アルバム16作
ミリオンセラー:アルバム1作



デビューシングル「ホンキー・トンキー・クレイジー」
BOOWY「ホンキー・トンキー・クレイジー」.jpg

発売日:1985年6月1日
累積売上:0.7万枚/最高位61位
TOP100内:3週



デビューアルバム「MORAL」
BOOWY「MORAL」.jpg

発売日:1982年3月21日
累積売上:10.0万枚/最高位2位
TOP100内:8週
※82年版、89年盤LP、89年版カセット、86年版、89年版、90年版CDの売上合算
その中での最高位、最高週数より抜粋



◆シングル売上TOP10

BOOWY「マリオネット」.jpg

@ 24.4万枚 Marionette-マリオネット-/最高位1位/1987.7/22
A 14.1万枚 DAKARA/最高位2位/1988.2/3
B 13.7万枚 B・BLUE/最高位7位/1986.9/29
C 11.3万枚 ONLY YOU/最高位4位/1987.4/6
D  9.0万枚 季節が君だけを変える/最高位4位/1987.10/26
E  3.7万枚 わがままジュリエット/最高位39位/1986.2/1
F  0.9万枚 BAD FEELING/最高位46位/1985.8/22
G  0.8万枚 INSTANT LOVE/最高位70位/1988.3/25
H  0.7万枚 ホンキー・トンキー・クレイジー/最高位61位/1985.6/1
I  0.6万枚 OH!MY JULLY Part.1/最高位78位/1988.3/25


◆アルバム売上TOP10

BOOWY「THIS BOOWY」.jpg

@ 152.6万枚 THIS BOØWY/最高位1位/1998.2/25
A  65.0万枚 SINGLES/最高位1位/1988.12/24
B  63.0万枚 PSYCHOPATH/最高位1位/1987.9/5
C  60.5万枚 LAST GIGS/最高位1位/1988.5/3
D  52.2万枚 BEAT EMOTION/最高位1位/1986.11/8
E  44.1万枚 GIGS JUST A HERO TOUR 1986/最高位1位/1986.7/31
F  37.9万枚 MORAL+3/最高位1位/1988.2/3
G  26.4万枚 GIGS CASE OF BOØWY/最高位3位/2001.11/28
H  23.3万枚 BOØWY COMPLETE/最高位3位/1991.12/24
I  20.0万枚 THIS BOØWY DRAMATIC/最高位4位/2007.9/5


◆年度別アーティストセールス

1982年度 チャートインせず
1983年度 チャートインせず
1984年度 チャートインせず
1985年度 385位/トータル250(シングル 0/LP 200/CT 50)
1986年度 34位/トータル12,238(シングル 931/LP 7,054/CT 2,070/CD 2,183)
1987年度 4位/トータル26,220(シングル 2,978/LP 6,935/CT 5,768/CD 10,539)
1988年度 2位/トータル43,745(シングル 1,523/LP 7,079/CT 10,136/CD 25,007)

1989年度 17位/トータル23,325(シングル 992/LP 937/CT 3,981/CD 17,415)


デビュー年から解散翌年の89年までの年度別セールスを見ると1986年のアルバム「BEAT EMOTION」のブレイク以降が圧倒的人気を感じますね。
解散宣言以降の88年度は旧譜のアルバム再浮上効果でアルバムのセールスは軒並み数字を上げ、解散した翌年の89年も17位にランクインするほどの人気ぶりを証明している。
またベストアルバムがミリオンセラーとなった1998年度は年間25位(アルバム42,851)を獲得するなどその人気は当時をも凌ぐ勢い。
月日が経てば経つほどに彼らの良さは深みを増し、後世に伝わってBOØWY伝説は語り継がれていくことだろう。
今改めて代表作でもある5枚目のオリジナルアルバム「BEAT EMOTION」を聴いてみて、何一つ古臭さを感じない。
本当に27年前の楽曲なのか?と疑問を抱いてしまうほどにその完成度が高い。
こういった名作アルバムを当時作り上げた4人は本当の伝説バンドと呼ばれるに相応しい限りだ。
いつまでも応援し続けていきたい。
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2013年03月19日

<徹底解析I>光GENJI 80年代スーパーアイドルの軌跡・・・nammyblog vol.60

80年代後期を騒がせたアイドルグループ光GENJI。
その人気は数ある歴史のあるジャニーズグループの中でも短期集中的に爆発的な人気を得た。
彼らがパフォーマンスで見せたローラースケートは瞬く間に小学生から大人までを魅了し、そして夢中にさせた。
活動期間こそ1987年のレコードデビューから1995年解散までの8年間と今のジャニーズグループに比べれば短いように見えるが、当時のアイドル寿命を考えれば8年間は長い方なのかも知れない。

1987年に「GENJI」と「光」の2つのグループが合体し光GENJIが結成された。
同年8月19日に「STAR LIGHT」でレコードデビュー。その時のキャッチコピーは、「超新星からのメッセージ」だった。

デビューしてすぐに80年代のアイドルブームの波に乗り、人気は爆発的なもので社会現象として一般紙にも取り上げるほどであった。
特に3rdシングル「パラダイス銀河」はその人気の絶頂で、歌番組に出演した際はファンの大歓声により司会キャスターの声が掻き消されるほどまでに。
お茶の間でも彼らを見ないくらいに幅広い層に認知、同年の第30回「日本レコード大賞」を受賞するなど光GENJIの人気は最大ピークに達する。
1988年のシングル年間ではTOP3を独占、アルバム、LP、カセットと4部門を完全制覇したのも男性アイドルとして偉業である。
26thシングル「TRY TO REMEMBER」(1994年7月)が光GENJIとして最後のシングルとなるが、同年8月31日、大沢樹生・佐藤寛之が脱退したのち「光GENJI SUPER 5」にグループ名を変更、3枚のシングルを発売した。
1995年9月1日解散コンサートの2日前、レギュラー出演していた「ミュージックステーション」に出演。
スタジオにファン数百人を入れ、歴代のシングルメドレーを披露し、最後に「Graduation」を熱唱。曲の終わりにメンバー全員がローラースケートを脱いでステージ中央に置いた。

個人的な感触で言うと、ジャニーズの歴史でSMAPや嵐、Kinkiとセールス面では圧倒的な存在であるが、人気のピーク期を同目線で見た時の光GENJIの熱狂ぶりはそれをも凌いでいたのではないだろうか。
それくらいに88年〜89年は光GENJI一色の時代だった。

数ある記録を残したスーパーアイドル「光GENJI」のこれまでをデータとともに振り返ってみたい。

◆データに見る光GENJIの大飛躍

総売上枚数:1218.4万枚
シングル29作品 755.1万枚
アルバム23作品 463.3万枚
1位獲得作品数:シングル10作/アルバム5作
TOP10獲得数:シングル28作連続/アルバム21作連続


残念ながら解散シングル「Bye-Bye」は最高位13位と連続29作TOP10ならず!

デビューシングル「STAR LIGHT」

光GENJI「STAR LIGHT」.jpg

発売日:1987年8月19日
累積売上:48.9万枚/最高位1位
初動売上:6.6万枚/初登場1位
1位獲得:1週/TOP10内10週/TOP100内47週


記念すべきデビューシングル。アナログ最終期にあたる時代で音楽アイテムの売上低迷期にかかわらずこの実績は凄い。
今でもこの曲を聴くとローラースケートでパフォーマンスする彼らが頭に浮かびます。

デビューアルバム「光GENJI」

光GENJI「光GENJI」.jpg

発売日:1988年1月1日
累積売上:93.8万枚(CD17.3万枚/LP34.3万枚/カセット42.2万本)/最高位1位
初動売上:22.5万枚(CD4.1万枚/LP13.4万枚/カセット5.0万本)/初登場4部門1位
1位獲得:5週/TOP10内14週/TOP100内40週


デビューアルバムは驚異の94万枚。
レコード、CD、カセットと3部門合算での数字ではあるが、カセットが一番売れたというのも意外。
あまりの注文殺到に3週連続1位のあと品薄で5位に転落するも5週目で再び2週連続1位、計5週1位という記録。
なかなかアイドルのデビュー作で達成できる記録ではない。
しかも3部門とも88年の年間1位というのだから記憶にも記録にも残した功績は大きいだろう。
本作は初登場の週にはシングルでも「ガラスの十代」が1位であり、4部門週間制覇という記録も残している。

◆シングル売上TOP10(全29作)

光GENJI「パラダイス銀河」.jpg

順位/売上枚数/タイトル/最高位/発売日/年間順位
@ 88.9万枚 パラダイス銀河/最高位1位/1988.3/9/88年度1位
A 69.3万枚 太陽がいっぱい/最高位1位/1989.7/20/89年度4位
B 68.1万枚 Diamondハリケーン/最高位1位/1988.6/21/88年度3位
C 68.1万枚 ガラスの十代/最高位1位/1987.11/26/88年度2位
D 60.8万枚 剣の舞/最高位1位/1988.10/10/88年度7位
E 48.9万枚 STAR LIGHT/最高位1位/1987.8/19/87年度4位
F 47.2万枚 地球をさがして/最高位1位/1989.3/6/89年度11位
G 26.4万枚 荒野のメガロポリス/最高位1位/1990.2/7/90年度39位
H 23.6万枚 Little Birthday/最高位2位/1990.5/17/90年度49位
I 20.6万枚 CO CO RO/最高位1位/1990.8/18/90年度57位



光GENJIの1stシングル〜10thシングルまでが代表作10曲に。
いかに彼らの全盛期作品が残した結果だと思います。

◆アルバム売上TOP10(全23作)

順位/売上枚数/タイトル/最高位/発売日
@ 93.8万枚 光GENJI/最高位1位/1988.1/1
A 65.2万枚 Hi!/最高位1位/1988.7/28
B 64.8万枚 Hey! Say! /最高位1位/1989.2/20
C 35.0万枚 Hello...I Love You/最高位1位/1989.10/25
D 30.0万枚 ふりかえって・・・Tomorrow/最高位2位/1990.1/31
E 25.1万枚 Cool Summer/最高位1位/1990.7/25
F 24.7万枚 (333)Thank You/最高位2位/1991.3/20
G 15.8万枚 White Dreaming with 光GENJI/最高位3位/1990.11/21
H 13.4万枚 VICTORY/最高位3位/1991.10/2
I 10.7万枚 BEST FRIENDS/最高位2位/1992.3/4


今と違うのはベストアルバムが売れていない。
これだけ人気のあるグループのベストだったらファンは大喜びで買っちゃいますよね。
でも当時はベストアルバムはそこまで認識されるようなアイテムではなく、最終兵器的なアイテムに近かったんですよね。
レコード会社の移籍に伴う一区切りだったり、解散前だったり。今のように人気絶頂期でリリースするパターンは極めて珍しい時代でした。
その点、オリジナルアルバムがここまで売れているのだから光GENJIの人気はホンモノと言って良いでしょう。

◆1位連続記録
シングル・・・8作連続/「STAR LIGHT」〜「荒野のメガロポリス」
アルバム・・・4作連続/「光GENJI」〜「Hello...I Love You」


◆年度別アーティストセールス

1987年度 154位/2,229(シングル2,229)

1988年度 1位/60,756(シングル19,601/アルバム41,155)
1989年度 8位/43,224(シングル12,255/アルバム30,969)
1990年度 15位/24,538(シングル7,040/アルバム17,498)
1991年度 31位/20,758(シングル5,238/アルバム15,520)
1992年度 58位/13,694(シングル5,374/アルバム8,320)
1993年度/68位/12,433(シングル4,674/アルバム9,021)
1994年度/52位/13,699(シングル4,860/アルバム8,839)
1995年度/86位/11,003(シングル940/アルバム10,063)


解散までの数字を追ってみるとやはり88年〜89年は凄い数字ですね。
短期集中型にせよ、この2年で100億円を売り上げるスーパーアイドル、
昭和から平成にかけての時代の中心には常に彼らが居ましたね。

posted by nammy at 18:07| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 徹底解析シリーズ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月15日

<徹底解析H>少年隊VSシブがき隊 80年代ジャニーズ対決・・・nammyblog vol.56

80年代のジャニーズトリオとして代表的なのは少年隊とシブがき隊ですね。
シブがき隊は1982年デビュー、少年隊は1985年デビューと差はありますがどちらが売れたのでしょうか?
数字を基に解析してみたいと思います。

シブがき隊は布川敏和本木雅弘薬丸裕英によるアイドルグループ。
1981年4月、TBSドラマ「2年B組仙八先生」に出演した3名により結成、7年後の1988年11月2日をもって解隊した。
名前の由来は「シブいガキ」を意味しており、雑誌『セブンティーン』の一般公募によって「シブがきトリオ」に決定、その後まもなくして「シブがき隊」に改められた。あえて「トリオ」から「隊」とした意味を、メンバーは当時あるテレビ番組で「たのきんトリオ」は「トリオ」だったけれど、ぼくたちは「隊」という形でみんなと連帯したいなどと答えていた。その「隊」へのこだわりは、前述のとおり“解散”という表現ではなく「隊」がわかれるから“解隊”とした点にも現れている。

少年隊は錦織一清植草克秀・東山紀之によるアイドルグループ。
グループ結成当時は田原俊彦や近藤真彦のバックダンサーなどを経て1985年12月12日、「仮面舞踏会」でレコードデビューした。
デビュー時のキャッチフレーズは「日本発、世界行」。
1981年から錦織・植草・松原の3名で結成されたグループ「Bチーム」が、後に「ジャニーズ少年隊」となり翌1982年松原から東山にメンバーが入れかわり、現在の顔ぶれとなる。
ミュージカル、俳優などで活躍し、デビュー28年目を迎えた今も現役で活動するジャニーズトリオである。

どことなく似ている両トリオ、売上枚数はどちらが上なのか?
結果はこうである。

シブがき隊 TOTAL 543.5万枚/シングル396.9万枚/アルバム146.7万枚
少年隊 TOTAL 549.3万枚/シングル381.7万枚/アルバム167.6万枚


トータルでは僅か5.8万枚差、意外と似た様なセールスですね。
シングルではシブがき隊の方が売れてます。

ではデータとととに両者を比較してみましょう。

◆データに見るシブがき隊と少年隊

*デビューシングル編

シブがき隊「NAI NAI 16」.jpg

シブがき隊「NAI NAI 16」
発売日:1982年5月5日
累積売上:25.9万枚/最高位3位
初動売上:2.3万枚/初登場12位
TOP10:5週/TOP100:16週


少年隊「仮面舞踏会」.jpg

少年隊「仮面舞踏会」
発売日:1985年12月12日
累積売上:47.8万枚/最高位1位
初動売上:13.3万枚/初登場1位
1位:1週/TOP10:9週/TOP100:18週


デビューシングル勝負では少年隊が初登場1位を獲得、ジャニーズでの「デビュー曲初登場1位」記録は近藤真彦以来2組であった。
シブがき隊も25万枚という好調なセールスながら最高位は3位、それでもデビュー盤でこの成績は立派である。

*1位獲得数対決
シブがき隊 1作(シングル1作/アルバム0作)
少年隊 11作(シングル9作/アルバム2作)


*TOP10獲得数対決
シブがき隊 35作(シングル24作/アルバム11作)
少年隊 29作(シングル17作/アルバム12作)


意外にもシブがき隊はLPは0作、シングルは1作しか1位を獲得していないんですよね。
対して少年隊はシングル9作、しかしながらシングルセールスはシブがき隊の方が上なんですよね。
89年の「まいったネ、今夜」の1位を最後に以降シングルリリース間隔も空き、デビュー28年目にしてシングル枚数は26作とシブがき隊の28作とそう変わらない枚数であることもトータルセールスに影響しているのかも知れませんね。

*シングル代表作TOP10

シブがき隊(シングル28作品)
@ 33.5万枚 ZIG ZAG セブンティーン/最高位5位
A 27.8万枚 100%・・・SOかもね!/最高位6位
B 27.3万枚 挑発∞/最高位2位
C 25.9万枚 NAI NAI 16/最高位3位
D 25.2万枚 喝!/最高位1位
E 24.8万枚 ZOKKON 命(LOVE)/最高位3位
F 23.0万枚 Hey!Bep-pin/最高位4位
G 22.9万枚 サムライ・ニッポン/最高位3位
H 20.9万枚 処女的衝撃!/最高位3位
I 17.8万枚 DJ in My Life/最高位4位

少年隊(シングル26作品)
@ 47.8万枚 仮面舞踏会/最高位1位
A 28.8万枚 君だけに/最高位1位
B 27.0万枚 デカメロン伝説/最高位2位
C 25.4万枚 ABC/最高位1位
D 25.2万枚 ふたり/最高位2位
E 25.2万枚 stripe blue/最高位1位
F 23.1万枚 バラードのように眠れ/最高位1位
G 22.2万枚 What's your name?/最高位1位
H 21.2万枚 Oh!/最高位10位
I 19.9万枚 まいったネ、今夜/最高位1位

*最高初動売上枚数対決
シブがき隊/喝!/6.9万枚
少年隊/仮面舞踏会/13.3万枚


シブがき隊の初動最高二桁はなかったですね。
でも上記の代表作TOP10を見ると売上枚数に対して最高位が意外に低い結果に驚きです。
それだけ1作がロングセラーだったということでしょうか。
少年隊は10万枚超えを2ndシングル「デカメロン伝説」(初動11.0万枚)でも記録しており、幸先の良いスタートでしたね。

*アーティスト年間セールス編(デビューから5年対決)

シブがき隊
1982年度 45位/8,618(S 4,619/LP 2,595/CT 1,404)
1983年度 13位/18,869(S 7,660/LP 7,089/CT 4,120)
1984年度 21位/15,578(S 6,724/LP 5,777/CT 3,077)
1985年度 31位/9,600(S 3,513/LP 4,188/CT 1,899)
1986年度 48位/8,458(S 2,594/LP 4,282/CT 1,507/CD 75)
5年間合計 61,123(S 25,110/LP 23,931/CT 12,007/CD 75)

少年隊
1986年度 25位/14,377(S 6,246/LP 3,062/CT 4,458/CD 611)
1987年度 10位/21,495(S 6,184/LP 7,963/CT 4,597/CD 2,751)
1988年度 15位/21,221(S 7,314/LP 6,143/CT 3,974/CD 3,790)
1989年度 67位/6,327(S 4,028/LP 76/CT 659/CD 1,564)
1990年度 126位/3,007(S 1,350/CD 1,402/CT 255)
5年間合計 66,427(S 25,122/LP 17,244/CT 13,943/CD 10,118)

こう金額面で比較してみると、それぞれ時代背景によって価格や条件が異なります。
シブがき隊はCDがまだ発達しないアナログ時代、少年隊はちょうどアナログからデジタルへ移行する時代の狭間。
CDやシングルの価格帯も異なることから一概に判断は難しいところです。

デビューから直近5年間、人気のメーター基準としてシングルセールスを見るとわかりますね。
やはりLPやアルバムよりもシングルの売上というのはアイドルにとって大きな判断基準となります。
何故かシブがき隊のシングルコレクション的なベストアルバムはあるのに、少年隊は今現在も「BEST OF 少年隊」(1988年3月発売)以降にベストアルバムは発表されていないんですよね。
8cm盤のみでしか発表されていない8thシングル「LADY」以降のシングル音源なども是非CD化してもらいたいものである。
posted by nammy at 18:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 徹底解析シリーズ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月11日

<徹底解析G>田原俊彦VS近藤真彦 80年代アイドル対決・・・nammyblog vol.50

80年代前半を賑わせたアイドル黄金期。
女性アイドルとしては「松田聖子VS中森明菜」を以前挙げましたが、男性アイドルとしてはこの2者を見逃せないでしょう。

SMAPや嵐の大先輩にあたる両者、この頃からジャニーズによるアイドル対決は始まっていたのである。
同じジャニーズ事務所でありながら二人とも大活躍、ではどちらがセールス面で上だったのでしょうか。

現在(2012.12/31)までにおけるトータルセールスを見てみると・・・


田原俊彦 1291.1万枚(シングル1025.7万枚/アルバム・カセット・LP 265.4万枚)
近藤真彦 1277.5万枚(シングル1047.2万枚/アルバム・カセット・LP 230.2万枚)


その差は僅か13.6万枚でトシちゃんがリード!
マッチよりもトータル枚数では勝ってたんですよね。
ミリオン保持者でもあるマッチの方がセールス面では上かと思ってましたが、この結果に驚きを隠せません(笑)

では80年代を中心にデータとともに振り返ってみましょう。


◆データに見る田原俊彦と近藤真彦の80年代アイドル合戦

*1位獲得数編
田原俊彦 17作品(シングル12作/アルバム5作)
近藤真彦 18作品(シングル16作/アルバム2作)

*シングル1位累積滞在週編
田原俊彦 12作品20週
近藤真彦 16作品41週

*シングル最長1位作品編
田原俊彦 3週「原宿キッス」「エル・オー・ヴィ・愛・N・G」
近藤真彦 6週「ギンギラギンにさりげなく」

1作品における連続週数に大きく差が出ましたね。
シングルにおいてはマッチの方がセールス面でも上回っていたようです。

*1位獲得時間編
田原俊彦 2ndシングル「ハッとして!Good」(80.9/29付)デビューから3か月で達成
近藤真彦 1stシングル「スニーカーぶる〜す」(80.12/22付)デビュー曲にて達成

*デビューシングル編

田原俊彦「哀愁でいと」

田原俊彦「哀愁でいと」.jpg


発売日:1980年6月21日
累積売上:71.9万枚/最高位2位
初動売上:2.5万枚/初登場8位
TOP10:14週/TOP100:29週



近藤真彦「スニーカーぶる〜す」

近藤真彦「スニーカーぶる〜す」.jpg

発売日:1980年12月12日
累積売上:104.7枚/最高位1位
初動売上:10.1万枚/初登場1位
1位:5週連続/TOP10:12週/TOP100:22週


デビュー対決はマッチが初登場1位&ミリオンで勝利!
しかしTOP10内やTOP100内の滞在を見るとトシちゃんが上?

*最高初動売上対決編
田原俊彦/7.9万枚/17thシングル「チャールストンにはまだ早い」/最高位2位
近藤真彦/11.7万枚/4thシングル「ギンギラギンさりげなく」/最高位1位

*最高売上作品編
田原俊彦 1stシングル「哀愁でいと」71.9万枚/最高位2位
近藤真彦 1stシングル「スニーカーぶる〜す」104.7万枚/最高位1位

両者ともにデビューシングルが最初で最後の最高売上作品になったんですね。

*首位最新作品編
田原俊彦 36thシングル「ごめんよ涙」/30.4万枚/最高位1位/発売日1989年4月19日
近藤真彦 24thシングル「泣いてみりゃいいじゃん」/14.6万枚/最高位1位/発売日1987年9月18日

1位獲得最終歴はトシちゃんがドラマ「教師びんびん物語U」主題歌で獲得。

*最終ヒット作品(売上枚数20万枚以上より抜粋)
田原俊彦 42thシングル「雨が叫んでる」/24.3万枚/最高位8位/発売日1992年8月5日
近藤真彦 41thシングル「ミッドナイト・シャッフル」/70.2万枚/最高位4位/発売日1996年2月21日

マッチのロックチューン「ミッドナイト・シャッフル」。もう17年も前になるんですね。
ドラマ「銀狼怪奇ファイル」主題歌で初動売上は10.1万枚、2週目には15.2万枚を売り3週連続で週間10万枚を超えました。
トシちゃんも同じくドラマ「逃亡者」主題歌でヒットしたのが最後でした。

*デビューアルバム対決編

田原俊彦「田原俊彦」
発売日:1980年8月5日
累積売上:29.8万枚/最高位1位
売上内訳:LP24.4万枚/カセット5.4万本
初動売上:5.2万枚/初登場1位
1位週:2週連続/TOP10:8週/TOP100:19週

近藤真彦「Thank 愛 You」
発売日:1981年3月5日
累積売上:26.8万枚/最高位1位
売上内訳:LP19.0万枚/カセット7.8万本
初動売上:4.9万枚/初登場1位
1位週:1週/TOP10:5週/TOP100:29週

アルバム対決はトシちゃんの勝利。
シングルよりもアルバムで先に1位を獲っちゃってましたね。
内訳を見てみるとLPはカセットはマッチの方が売れてましたね。
両者とも1stアルバムで1位獲得とは流石!

*年度別アーティスト売上金額編
売上単位:10万円
年度/年間順位/トータルセールス/シングル/LP/カセット/CD

1980年度
田原俊彦 22位/T 14,534/S 7,422/L 5,912/C 1,200

1981年
田原俊彦 9位/T 28,808/S 15,980/L 10,081/C 2,747
近藤真彦 10位/T 27,456/S 18,786/L 6,562/C 2,108

1982年度
田原俊彦 10位/T 24,010/S 11,156/L 9,119/C 3,735
近藤真彦 5位/T 34,513/S 16,543/L 12,303/C 5,667

1983年度
田原俊彦 11位/T 22,808/S 9,186/L 7,926/C 5,696
近藤真彦 17位/T 15,994/S 9,397/L 4,439/C 2,158

1984年度
田原俊彦 19位/T 15,763/S 7,912/L 5,828/C 2,023
近藤真彦 20位/T 15,121/S 7,032/L 5,828/C 2,261

1985年度
田原俊彦 40位/T 8,575/S 3,827/L 3,513/C 1,235
近藤真彦 35位/T 9,578/S 3,118/L 4,304/C 2,156

1986年度
田原俊彦 57位/T 6,929/S 2,373/L 2,442/C 1,796/CD 318
近藤真彦 82位/T 4,633/S 2,704/L 1,174/C 685/CD 70

1987年度
田原俊彦 112位/T 3,644/S 1,409/L 1,119/C 513/CD 603
近藤真彦 59位/T 7,521/S 3,090/L 2,325/C 867/CD 1,239

1988年度
田原俊彦 58位/T 5,628/S 3,255/L 461/C 723/CD 1,189
近藤真彦 79位/T 3,988/S 1,866/L 501/C 497/CD 1,124

1989年度
田原俊彦 65位/T 6,759/S 4,586/L 91/C 518/CD 1,564
近藤真彦 101位/T 3,152/S 2,030/L 50/C 309/CD 763

1980年代(1980-1989)
田原俊彦 T 137,458/S 67,106/L 46,492/C 20,186/CD 3,674
近藤真彦 T 121,956/S 64,566/L 37,486/C 16,708/CD 3,196


マッチのデビューが半年遅い分、80年代対決では少し不利な条件。
1980年度を差し引いてみるとこうなる。

1981-1989
田原俊彦 T 122,924/S 59,684/L 40,580/C 18,986/CD 3,674
近藤真彦 T 121,956/S 64,566/L 37,486/C 16,708/CD 3,196


こうして条件を同様にする事で見るとお互いの差は968とそこまで差はありませんね。
トータルで見ると90年以降にヒットを記録したマッチでしたが、80年代にリードで逃げ切った結果がトシちゃんの勝利に繋がった事になりますね。
差は僅かだけに数年後には逆転することは十分可能か?
posted by nammy at 20:54| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 徹底解析シリーズ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

<徹底解析シリーズF>小室王国を支えたアーティストたち(四天王編)・・・nammyblog vol.47

TKブームが巻き起こった90年代中期。
どれだけ小室哲哉の凄さがあったか全体概況は過去に綴った通り
http://nammyblog.seesaa.net/article/324021795.html

今回は小室ファミリーの四天王(勝手にそう思っているだけ?)の売上記録とともに振り返ってみたいと思う。

TK四天王といえば、安室奈美恵、TRF、globe、華原朋美だろう。
この4者によってTKブームは支えられた。いわば4本の大黒柱だ。
その四天王が大きく小室に貢献したのは95年〜97年にかけての3年間。
まさにこの3年は小室フィーバー真っ只中であった。

今回は4者による売上を記録とともに記しておきたい。

四天王の最長寿ともいえるtrf。彼女らがavexを急成長に繋げた創業者ともいえるミリオンセラー第1号者、ヒットチャート1位と貢献度は大きい。
小室プロデュースの成功者ともいえる存在で、以後globe、華原朋美、安室奈美恵へと繋ぎ小室王国は成長を遂げていく。



☆小室王国を支えたアーティストたち(四天王編)


◆TRF
総売上枚数:2170.8万枚
シングル:1140.0万枚(うち小室作品18作品:1091.1万枚/占有率95.7%
アルバム:1030.8万枚
ミリオンセラー:9作品(シングル:5作/アルバム:4作)
1位獲得数:シングル5作/アルバム6作
TOP10獲得数:シングル15作品/アルバム13作

trf「CRAZY GONNA CRAZY」.jpg

シングル売上TOP10
@ 158.7万枚 CRAZY GONNA CRAZY/最高位1位/1995年
A 138.9万枚 masquerade/最高位1位/1995年
B 137.6万枚 survival dAnce〜no no cry more〜/最高位1位/1994年
C 128.5万枚 BOY MEETS GIRL/最高位3位/1994年
D 106.3万枚 OVERNIGHT SENSATION/最高位1位/1995年
E  78.4万枚 EZ DO DANCE/最高位15位/1993年
F  67.4万枚 BRAND NEW TOMORROW/最高位1位/1995年
G  67.4万枚 寒い夜だから・・・/最高位8位/1993年
H  49.0万枚 Love & Peace Forever/最高位2位/1996年
I  31.6万枚 Happening Here/最高位3位/1995年

アルバム売上TOP10
@ 238.2万枚 dAnce to positive/最高位1位/1995年
A 172.1万枚 BILLIONAIRE/最高位1位/1994年
B 100.3万枚 BRAND NEW TOMORROW/最高位2位/1995年
C 100.1万枚 WORKS-THE BEST OF TRF-/最高位1位/1998年
D  97.1万枚 WORLD GROOVE/最高位1位/1994年
E  91.3万枚 hyper mix 4/最高位2位/1995年
F  64.5万枚 EZ DO DANCE/最高位4位/1993年
G  50.9万枚 HYPER MIX V/最高位1位/1994年
H  32.4万枚 THE LIVE/最高位1位/1996年
I  27.4万枚 HYPER TECHNO MIX U/最高位11位/1993年

アーテイスト年間セールス
1993年度 59位/13,856(シングル3,842/アルバム10,014)
1994年度 1位/120,460(シングル36,537/アルバム83,923)
1995年度 1位/152,310(シングル47,781/アルバム104,529)
1996年度 14位/63,332(シングル16,627/アルバム46,705)
1997年度 175位/3,026(シングル3,026/アルバム0)
1998年度 28位/40,096(シングル3,893/アルバム36,203)
1999年度 180位/3,321(シングル555/アルバム2,766)
2000年度 703位/179(シングル179/アルバム0)

さすがTKファミリーの長女。
ミリオンは9作、1位は11作とまさに空前の大ブームを牽引しましたね。
日本レコード大賞も95年、96年と2年連続で受賞、年間アーティスト売上も2年連続1位と勢いは留まるところを知りません。
売上金額を見ると1994年〜1996年にかけてがピーク期でしたね。


◆安室奈美恵
総売上枚数:3118.1万枚
シングル:1652.6万枚(うち小室作品16作品:1283.9万枚/占有率77.6%
アルバム:1465.4万枚
ミリオンセラー:10作品(シングル:5作/アルバム:5作)
1位獲得数:シングル11作/アルバム10作
TOP10獲得数:シングル39作品/アルバム14作

安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE」.jpg


シングル売上TOP10
@ 229.6万枚 CAN YOU CELEBRATE?/最高位1位/1997年
A 139.0万枚 Don't wanna cry/最高位1位/1996年
B 136.2万枚 Chase the Chance/最高位1位/1995年
C 109.9万枚 You're my sunshine/最高位1位/1996年
D 106.7万枚 a walk in the park/最高位1位/1996年
E  88.2万枚 Body Feels EXIT/最高位3位/1995年
F  77.2万枚 How to be a Girl/最高位1位/1997年
G  65.7万枚 I HAVE NEVER SEEN/最高位1位/1998年
H  64.0万枚 NEVER END/最高位2位/2000年
I  61.1万枚 太陽のSEASON/最高位5位/1995年

アルバム売上TOP10
@ 336.0万枚 SWEET 19 BLUES/最高位1位/1996年
A 193.0万枚 Concentration20/最高位1位/1997年
B 186.5万枚 DANCE TRACKS VOL.1/最高位1位/1995年
C 169.1万枚 181920/最高位1位/1998年
D 155.2万枚 BEST FICTION/最高位1位/2008年
E  80.3万枚 GENIUS 2000/最高位1位/2000年
F  57.8万枚 PAST<FUTURE/最高位1位/2009年
G  54.3万枚 PLAY/最高位1位/2007年
H  51.8万枚 Uncontrolled/最高位1位/2012年
I  49.0万枚 Checkmate!/最高位1位/2011年

アーティスト年間セールス
1995年度 17位/50,166(シングル23,827/アルバム26,339)
1996年度 1位/184,065(シングル46,556/アルバム137,509)
1997年度 4位/103,980(シングル103,980/アルバム62,959)
1998年度 13位/66,253(シングル13,388/アルバム52,865)
1999年度 44位/19,244(シングル18,873/アルバム370)
2000年度 27位/35,952(シングル11,397/アルバム24,556)

95年10月「Body Feels EXIT」より小室プロデュース。以後ミリオンヒットを連発しシングル売上の中でも上位9作小室作品。
やはり全盛期の安室奈美恵を支えた代表曲は小室作品が独占していますね。
シングル売上全体に占める小室作品は77%、それだけ小室時代の安室奈美恵は凄かった。(今も現役で凄いですけどね)
1997年には日本レコード大賞受賞、若者に「アムラー現象」を巻き起こしたカリスマアイドルです。


◆globe
総売上枚数:2896.6万枚
シングル:1334.2万枚
アルバム:1562.4万枚
ミリオンセラー:8作品(シングル:3作/アルバム:5作)
1位獲得数:シングル8作/アルバム5作
TOP10獲得数:シングル28作品/アルバム14作

globe「DEPARTURES」.jpg

シングル売上TOP10
@ 228.8万枚 DEPARTURES/最高位1位/1996年
A 132.3万枚 FACE/最高位1位/1997年
B 131.2万枚 Can't Stop Fallin' in Love/最高位1位/1996年
C  95.2万枚 Feel Like dance/最高位3位/1995年
D  90.0万枚 SWEET PAIN/最高位2位/1995年
E  87.6万枚 Wanderin' Destiny/最高位2位/1997年
F  81.6万枚 Joy to the love(globe)/最高位1位/1995年
G  53.7万枚 Is this love/最高位1位/1996年
H  50.0万枚 wanna Be A Dreammaker/最高位1位/1998年
I  48.5万枚 FREEDOM/最高位3位/1996年

アルバム売上TOP10
@ 413.6万枚 globe/最高位1位/1996年
A 323.9万枚 FACES PLACES/最高位1位/1997年
B 276.3万枚 CRUISE RECORD 1995-2000/最高位1位/1999年
C 173.0万枚 Relation/最高位1位/1998年
D 165.8万枚 Love again/最高位1位/1998年
E  50.1万枚 FIRST REPRODUCTS/最高位4位/1999年
F  29.5万枚 8 YEARS Many Classic Moments/最高位2位/2002年
G  27.9万枚 SUPER EUROBEAT presents EURO global/最高位3位/2000年
H  27.7万枚 Lights/最高位2位/2002年
I  16.4万枚 Lights 2/最高位2位/2002年

アーティスト年間セールス
1995年度 51位/20,759(シングル20,759/アルバム0)
1996年度 2位/157,445(シングル44,566/アルバム112,878)
1997年度 2位/141,808(シングル33,915/アルバム107,893)
1998年度 12位/73,502(シングル21,590/アルバム51,912)
1999年度 2位/177,229(シングル3,248/アルバム173,981)
2000年度 46位/17,238(シングル4,170/アルバム13,068)

プロデューサーである小室自らがユニットに参加。さすが400万枚超えの記録を持つスーパーグループである。
KEIKOの回復を待ちglobeの再始動する日も近い?
95年〜97年にかけてがピーク、アルバムに関しては99年までミリオンセラーを連発した。


◆華原朋美
総売上枚数:1219.1万枚
シングル:718.2万枚(うち小室作品13作品:661.9万枚/占有率92.1%
アルバム:500.8万枚
ミリオンセラー:5作品(シングル:3作/アルバム:2作)
1位獲得数:シングル4作/アルバム3作
TOP10獲得数:シングル13作品/アルバム5作

華原朋美「I'm Proud」.jpg

シングル売上TOP10
@ 139.0万枚 I'm proud/最高位2位/1996年
A 105.9万枚 Hate tell a lie/最高位1位/1997年
B 102.8万枚 I BELIEVE/最高位4位/1995年
C  93.0万枚 save your dream/最高位1位/1996年
D  65.3万枚 LOVE IS ALL MUSIC/最高位1位/1997年
E  41.7万枚 たのしく たのしく やさしくね/最高位1位/1997年
F  37.0万枚 Keep yourself alive/最高位8位/1995年
G  28.7万枚 as A person/最高位6位/1999年
H  25.5万枚 LOVE BRACE/最高位6位/1996年
I  18.9万枚 tumblin' dice/最高位2位/1998年

アルバム売上TOP10
@ 257.1万枚 LOVE BRACE/最高位1位/1996年
A 136.6万枚 storytelling/最高位1位/1997年
B  69.6万枚 KAHARA COMPILATION/最高位1位/1998年
C  26.1万枚 nine cubes/最高位5位/1998年
D   5.6万枚 One Fine Day/最高位7位/1999年
E   2.2万枚 Best Selection/最高位23位/2001年
F   1.2万枚 naked/最高位30位/2005年
G   1.1万枚 Love Again/最高位36位/2001年
H   0.8万枚 Natural Breeze/最高位37位/2002年
I   0.5万枚 Super Best Singles/最高位65位/2005年

アーティスト年間セールス
1995年度 113位/7,405(シングル7,405/アルバム0)
1996年度 6位/101,745(シングル29,664/アルバム72,081)
1997年度 31位/28,175(シングル23,099/アルバム5,075)
1998年度 20位/47,176(シングル5,395/アルバム41,782)
1999年度 28位/33,493(シングル3,588/アルバム29,905)
2000年度 225位/2,154(シングル425/アルバム1,729)

3者に比べ勢いは下がるものの、1000万枚を超える記録は凄い事だ。
シングル全体の92%が小室作品、1998年の「dairy news」を最後に小室から離れたが、それまでに売り上げた結果が大きいことがわかる。
シングルセールス面に注目すると96年〜97年が人気ピーク、やはり99年以降はシングルヒットに恵まれず苦しい時期を迎えます。
昨年末の音楽番組「FNS歌謡祭」で復活した華原朋美。歌声は当時と変わっておらず、歌手としても健在のようだ。
小室との確執も時間が解決してくれたのか、小室作品にして最大ヒットを記録した「I'm proud」を熱唱した。


小室ファミリーの中核である4者の売上を改めて並べてみるとやはりTKブームは95年〜97年にかけてシングルヒットを連発した事が一目瞭然ですね。
いつか続編で上記アーティスト以外の小室作品について振り返ってみたいなと思います。
posted by nammy at 12:51| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 徹底解析シリーズ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月01日

<徹底解析E>秋元康に見る作詞家の軌跡・・・nammyblog vol.37

過去の<徹底解析シリーズ>はこちら
http://nammyblog.seesaa.net/category/18442536-1.html

第6弾はAKBグループプロデューサーにして作詞家である秋元康に注目してみたいと思う。
彼の手がける作品が遂に2013年2月末付で通算計506作、売上累計が6859.1万枚に達し、それまで1位だった阿久悠の6831.9万枚を抜き、作詞家歴代1位となった。
その売上のうち1988.7万枚の売上がAKBと28.9%を占める結果に驚きを隠せない。

もともと放送作家として「ザ・ベストテン」や「オールナイトフジ」「夕やけニャンニャン」「とんねるずのみなさんのおかげです」など人気番組に携わっており、作詞家として転換したのは1981年のアルフィー「通り雨」(1981年10月発売)のB面収録曲「「言葉にしたくない天気」で作詞家デビューを果たした。残念ながら本作はTOP100にチャートインしなかった。
以降、作詞家として本格活動を始め、これまでに提供した作品は506作品にのぼる。
初ヒットとなったのは1982年の稲垣潤一「ドラマティック・レイン」(31.4万枚/最高位8位)であるが、初1位を獲得したのは1985年2月発売の菊池桃子「卒業」(39.4万枚)。作詞家デビューしてから3年4か月後だった。


菊池桃子「卒業」.png


1985年にはかの「おニャン子ブーム」を作り上げた仕掛け人。もともとアイドルプロデュースには天才的な感性を持ち合わせているのだろう。
おニャン子以外にも1985年に少女隊、1986年息っ子クラブ(おニャン子クラブの男性版グループ)、1989年幕末塾(彦摩呂らのいた男性グループ)、1993年ねずみっ子クラブ(女子小学生グループ)、2001年推定少女(デビュー時中学生)、2005年にはAKB48を仕掛けた。
ざっと見るだけでも小学生や中学生、高校生に敢えて目を向けるのも彼らしい、アイドルのプロデューサーなんてそんなものだと思う。
何か我々には理解できない、気づかない「光るもの」、ダイヤモンドの原石を見つける能力が彼にはあるのだろう。
小室哲哉やつんくに関しても同じことが言える。
だからこそプロデューサーとして成功をしているわけだから。

ところで今でこそ「AKBの秋元康」というイメージが定着しているが、アイドル以外にも提供作品は多い。

美空ひばりや森光子、和田アキ子や森昌子、西田敏行、チェッカーズ、美川憲一、稲垣潤一、杉山清貴、華原朋美、矢沢永吉、藤谷美和子、中島美嘉、柴咲コウなど幅広いジャンルの作品を手掛けている。
ジャニーズではシブがき隊や忍者、田原俊彦、Kinkiにも提供をしていた。
おニャン子クラブブームが去ってもとんねるずや野猿はヒットしていた分、AKBブレイクに至るまでに収入はかなりあったでしょうね。


さてここからはデータとともに秋元康の作詞家の歴史を追ってみたい。


◆データに見る秋元康の軌跡


作詞提供作品総売上枚数/6859.1万枚(506作品)
作詞作品1位獲得数:87作品101週
<うちAKB関連42作品(48.2%)、おニャン子関連35作品40.2%)>

★歴代作詞家売上枚数ランキングTOP5

1位 6859.1万枚 秋元康
2位 6831.9万枚 阿久悠
3位 4983.8万枚 松本隆
4位 4222.4万枚 小室哲哉
5位 3759.4万枚 稲葉浩志

★提供作1位獲得作品(87作品)
 
11985年2月27日卒業-GRADUATION-菊池桃子39.4万枚/1週
21985年5月15日BOYのテーマ菊池桃子34.1万枚/2週
31985年11月21日なんてったってアイドル小泉今日子28.4万枚/1週
41986年1月1日冬のオペラグラス新田恵利32.0万枚/4週
51986年1月21日バナナの涙うしろゆびさされ組31.0万枚/1週
61986年2月21日じゃあねおニャン子クラブ28.1万枚/1週
71986年3月1日季節はずれの恋吉沢秋絵28.0万枚/2週
81986年3月21日青いスタスィオン河合その子34.1万枚/2週
91986年4月1日私は里歌ちゃんニャンギラス17.7万枚/1週
101986年4月10日恋のロープをほどかないで新田恵利28.4万枚/2週
111986年4月21日おっとCHIKAN!おニャン子クラブ20.6万枚/1週
121986年5月2日象さんのすきゃんてぃうしろゆびさされ組23.1万枚/1週
131986年5月10日夏を待てない国生さゆり25.4万枚/1週
141986年5月21日風のInvitation福永恵規17.6万枚/1週
151986年6月11日あじさい橋城之内早苗15.5万枚/1週
161986年6月21日自分でゆーのもなんですけれどニャンギラス10.0万枚/1週
171986年7月2日再会のラビリンス河合その子16.8万枚/1週
181986年7月16日瞳に約束渡辺美奈代20.2万枚/1週
191986年7月21日お先に失礼おニャン子クラブ16.0万枚/1週
201986年8月1日不思議な手品のように新田恵利19.4万枚/1週
211986年8月14日ノーブルレッドの瞬間国生さゆり18.3万枚/1週
221986年8月27日渚の『・・・・・』うしろゆびさされ組23.2万枚/1週
231986年9月10日鏡の中の私吉沢秋絵12.1万枚/1週
241986年10月8日深呼吸して渡辺満里奈17.1万枚/1週
251986年10月15日雪の帰り道渡辺美奈代16.6万枚/1週
261986年10月22日悲しい夜を止めて河合その子12.8万枚/1週
271986年11月1日恋はくえすちょんおニャン子クラブ12.3万枚/1週
281986年11月23日技ありっ!うしろゆびさされ組15.1万枚/1週
291986年12月3日あの夏のバイク国生さゆり10.9万枚/1週
301987年1月1日ホワイトラビットからのメッセージ渡辺満里奈17.4万枚/2週
311987年1月15日TOO ADULT渡辺美奈代15.1万枚/1週
321987年1月21日NO MORE 恋愛ごっこおニャン子クラブ11.8万枚/1週
331987年2月21日かしこうしろゆびさされ組12.3万枚/1週
341987年4月8日マリーナの夏渡辺満里奈11.4万枚/1週
351987年4月15日PINKのCHAO渡辺美奈代12.7万枚/1週
361987年5月7日時の河を越えてうしろ髪ひかれ隊11.4万枚/1週
371987年5月21日かたつむりサンバおニャン子クラブ7.2万枚/1週
381987年8月31日禁断のテレパシー工藤静香14.6万枚/1週
391987年10月21日キスを止めないで小泉今日子12.6万枚/1週
401992年1月24日ガラガラヘビがやってくるとんねるず140.9万枚/2週
411992年9月3日一番偉い人へTUNNELS60.6万枚/2週
421992年10月28日クリスマスキャロルの頃には稲垣潤一140.6万枚/4週
431993年1月28日がじゃいもとんねるず73.4万枚/1週
442005年12月21日SNOW! SNOW! SNOW!KinKi Kids31.7万枚/1週
452009年10月21日RIVERAKB4826.1万枚/1週
462010年2月17日桜の栞AKB4840.5万枚/1週
472010年3月17日アッカンベー橋渡り廊下走り隊3.4万枚/1週
482010年5月26日ポニーテールとシュシュAKB4874.0万枚/1週
492010年7月21日心の羽根チームドラゴン from AKB4814.6万枚/1週
502010年8月18日ヘビーローテーションAKB4888.1万枚/1週
512010年10月27日BeginnerAKB48103.9万枚/1週
522010年12月8日チャンスの順番AKB4869.4万枚/1週
532011年2月16日桜の木になろうAKB48108.2万枚/1週
542011年3月9日バンザイVenusSKE4827.5万枚/1週
552011年3月16日週末Not yetNot yet24.8万枚/1週
562011年5月25日Everyday、カチューシャAKB48160.8万枚/1週
572011年6月22日Flower前田敦子21.4万枚/1週
582011年7月6日波乗りかき氷Not yet20.9万枚/1週
592011年7月13日ふいに板野友美12.6万枚/1週
602011年7月20日絶滅黒髪少女NMB4826.8万枚/1週
612011年7月27日パレオはエメラルドSKE4848.1万枚/1週
622011年8月24日フライングゲットAKB48162.6万枚/1週
632011年10月19日オーマイガー!NMB4832.6万枚/1週
642011年10月26日風は吹いているAKB48145.7万枚/1週
652011年11月9日オキドキSKE4847.5万枚/1週
662011年11月22日最初のメールフレンチ・キス15.4万枚/1週
672011年12月7日上からマリコAKB48130.5万枚/1週
682012年1月11日変わったかたちの石KinKi Kids14.8万枚/1週
692012年1月25日片想いFinallySKE4859.3万枚/1週
702012年2月8日純情U-19NMB4837.7万枚/1週
712012年2月15日GIVE ME FIVE!AKB48143.7万枚/1週
722012年5月2日おいでシャンプー乃木坂4622.3万枚/1週
732012年5月16日アイシテラブル!SKE4858.2万枚/1週
742012年5月23日真夏のSounds good !AKB48182.2万枚/1週
752012年5月30日西瓜BABYNot yet17.2万枚/1週
762012年8月8日ヴァージニティーNMB4839.6万枚/1週
772012年8月22日走れ!Bicycle乃木坂4624.3万枚/1週
782012年8月29日ギンガムチェックAKB48131.5万枚/1週
792012年9月19日キスだって左利きSKE4859.8万枚/1週
802012年10月17日意気地なしマスカレード指原莉乃 with アンリレ8.6万枚/1週
812012年10月31日UZAAKB48125.8万枚/1週
822012年11月7日北川謙二NMB4840.8万枚/1週
832012年11月21日ヒカルものたち渡辺麻友12.2万枚/1週
842012年12月5日永遠プレッシャーAKB48119.8万枚/1週
852012年12月19日制服のマネキン乃木坂4629.9万枚/1週
862013年1月30日チョコの奴隷SKE4862.4万枚/1週
872013年2月20日So long !AKB48 103.6万枚/1週


上記87作品の内訳をみるとAKB関連作品が42作品(48.2%)、おニャン子関連が35作品(40.2%)とこの2つのグループが占める占拠率は88.5%であり、秋元康の提供作品を支える二大柱である。
80年代に39作品、そのほとんどはおニャン子関連で埋め尽くされてます。
90年代はアイドルにとっても氷河期である中、1位獲得したのはとんねるずのミリオンヒットや稲垣潤一の代表作など4作が1位を獲りました。
そして00年代はたったの2作、Kinki KidsにAKB48。
AKBが爆発的にブレイクするのは2010年以降であり、なんと10年代にはたった2年で41作品が1位を獲得している。
80年代の39作を大幅に更新しており、グループ関連全体でみるとおニャン子関連を上回る結果を残した。
内訳は2010年に7作、2011年に15作、2012年に18作、この背景にはAKB48以外にも姉妹グループであるSKE48、NMB48、そして公式ライバルである乃木坂46のブレイクが1位の獲得数を伸ばす起爆剤となっている。

★秋元康 年度別作詞家売上ランキング(作詞家年間より)


1981年 圏 外
1982年 圏 外
1983年 15位/65.0万枚
1984年 8位/86.5万枚
1985年 4位/235.9万枚
1986年 1位/827.8万枚
1987年 1位/397.2万枚
1988年 6位/118.0万枚
1989年 33位/36.4万枚
1990年 54位/26.7万枚
1991年 13位/83.4万枚
1992年 2位/336.3万枚
1993年 8位/280.6万枚
1994年 4位/339.6万枚
1995年 18位/124.7万枚
1996年 27位/102.3万枚
1997年 44位/60.5万枚
1998年 47位/48.7万枚
1999年 36位/67.6万枚
2000年 29位/64.5万枚
2001年 49位/36.7万枚
2002年 14位/51.8万枚
2003年 187位/4.7万枚
2004年 141位/5.9万枚
2005年 45位/23.0万枚
2006年 18位/46.3万枚
2007年 37位/24.3万枚
2008年 6位/53.9万枚
2009年 1位/80.9万枚
2010年 1位/418.0万枚
2011年 1位/1168.8万枚
2012年 1位/1307.9万枚

作詞家としてデビューした1981年度から並べてみたけれど・・・
驚異の2011年、2012年度はミリオン作品連発で1000万超え。SKEやNMB、乃木坂にソロ、ユニットなど続々チャートを騒がせた結果。
AKBが初首位を獲得した2009年度より4年連続での1位、本年度も出だしから好調で作詞家ランキングで5連覇を狙う。
1986年、1987年度でもおニャン子クラブブームで2連覇してるんですよね。
この31年間で1位を6度獲るというのはさすがに容易な事ではない、偉業です。
年によってばらつきがありますが、92年はとんねるず、稲垣潤一のミリオンヒット年、94年は藤谷美和子の「愛が生まれた日」がミリオンヒットになりました。2003年〜2004年はかなり苦しい年のようです。ヒット作品がほぼ生まれなかった。

作曲家としては小室哲哉や織田哲郎、つんくなどがこの30年間で時代をリードしてきましたが、歌手ではなく作詞家として提供している阿久悠、秋元康、松本隆は時代を超えて今後も残る偉大な作詞家ではないだろうかと思う。
posted by nammy at 02:08| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 徹底解析シリーズ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月24日

<徹底解析D>70年代アイドル伝説 ピンク・レディー・・・nammyblog vol.35

過去の<徹底解析シリーズ>はこちら
http://nammyblog.seesaa.net/category/18442536-1.html


70年代といえば今の「アイドル」という名を世に定着させた始まりの時代ですね。
アイドルの代表といえば、天地真理や南沙織など70年代前半を代表するアイドルや中期から後期にかけて大人気だった山口百恵、桜田淳子、キャンディーズらを抑えてセールス面でも圧倒的な人気を得たピンク・レディー。
1976年、オーディション番組「スター!誕生」で合格し、デビューを掴んだピンク・レディー。この番組からは数々のアイドルを輩出した。
彼女らのレコードやグッズ、プロマイドは大人だけではなく、子供にもピンク・レディーの振付を真似るなど憧れの存在として絶大的なブームを巻き起こした。
当時の子供たちの中では振付が踊れるのが当り前というほど。
プロマイドの売上も77年度4位、78年度1位、79年度10位という人気ぶり。

ブームは1977年〜1979年にかけての3年間、うち絶大的な売上は77年〜78年の2年間。
よくアーティストの人気ピーク期のサイクルは「3年周期」と言われるが、まさにその通りとなった。
トータルセールスはこれまでにシングル1105.6万枚、アルバム213.6万枚で合計1319.2万枚を売り上げている。
76年8月にシングル「ペッパー警部」で華々しくデビュー、その後大ヒット曲を連発しスター街道を昇り詰める。
同年11月の2ndシングル「S.O.S」で1位を獲得後、10thシングル「カメレオン・アーミー」まで9作連続1位、4thシングル「渚のシンドバッド」から8thシングル「モンスター」まで5作連続でミリオンセラーとなる。
この記録は当時では歴史的快挙であり、5作連続でのミリオン記録は極めて異例だった。
77.3/28にはシングル、カセット、カートリッジチャートにおいて初の3部門1位を獲得、
77年の1年間に占める1位占有率は52週中28週、53.8%と年間の半分以上をピンク・レディーが独占した。
また翌年の78年には52週中31週を独占するなど、今では考えられないくらいに日本中がピンク・レディーに釘付けだったのである。
極めつけは77.12/19〜2/20までの10週間、シングル「UFO」とLP「ベスト・ヒット・アルバム」は2部門10週連続1位、同時発売されたカセット「Perfection」は78.1/9〜3/27まで13週連続1位、そしてカートリッジ「Perfection」は78.1/23〜3/27まで10週連続の1位を独占した。
ピンク・レディーが4部門(シングル/LP/カセット/カートリッジ)での週間チャートを独占したのは78.1/23〜2/20までの5週間。
もはやモンスターである。

年間チャートに目を向けてみよう。
77年の年間ではシングル「渚のシンドバッド」が年間1位、3位「ウォンテッド」、7位「カルメン'77」、8位「S.O.S」、14位「ペッパー警部」とTOP10内に4作品を送り込む人気ぶり。LP年間では21位、26位、49位と好調な結果を残した。
遂にその人気は78年シングル年間TOP3を独占する。1位「UFO」、2位「サウスポー」、3位「モンスター」そして6位「透明人間」とTOP10内に前年と同じく4作品ランクイン。TOP3同一アーティストによる独占は歴代初の快挙となる。
年間35位に前年度3位の「ウォンテッド」が年を挟んでの大ヒット。
LP年間では1位に「ベスト・ヒット・アルバム」、63位、69位とTOP100に3作品がランクイン。
カセット年間でも2位「Perfection」ほか11位にランクインさせるなど人気はピークを迎えた78年。


79年からそれまでのセールス面にも翳りが見え始めた。
2月発売の「ジパング」では26.9万枚(最高位4位)と9作連続1位記録がストップ、同年5月発売のシングル「ピンク・タイフーン」は29.8万枚(最高位6位)、7月発売シングル「波乗りパイレーツ」は24.2万枚(最高位4位)と1位を再び獲得出来ないまま次作「KISS IN THE DARK」ではTOP10にランクインせず最高位19位で終わった。
79年のシングル年間では最後のヒットとなった前年12月発売の「カメレオン・アーミー」が70.8万枚を売り上げ年間10位にランクイン、48位、52位と年間TOP100に3作品がランクインした。
アメリカでの活動を主軸に置いた同年秋からは、急速に人気の低下を見せるようになり80年9月1日、ピンク・レディーは二人揃って解散を発表。
7ヶ月後の81年3月31日、みぞれが降り続く中で後楽園球場にてピンク・レディーの解散コンサートを開催し4年7ヶ月間の活動に幕を閉じた。


これまでの彼女らの記録をまとめてみる。

◆データに見るピンク・レディーの軌跡

<シングル編>

タイトル/累積枚数/最高位/首位週数
@ UFO(155.4万枚/最高位1位/10週
A サウスポー(146.0万枚/最高位1位/9週)
B ウォンテッド<指名手配>(120.1万枚/最高位1位/12週
C モンスター(110.1万枚/最高位1位/8週)
D 渚のシンドバッド(100.0万枚/最高位1位/8週)
E 透明人間(88.6万枚/最高位1位/4週)
F カメレオン・アーミー(70.8万枚/最高位1位/6週)
G カルメン’77(66.3万枚/最高位1位/5週)
H S.O.S(65.4万枚/最高位1位/1週)
I ペッパー警部(60.5万枚/最高位4位)

シングルでのトップは「UFO」。
さすが155万枚を超えるビッグヒットですね。

ピンク・レディー「UFO」.jpg


10週連続1位、さらには78.1/16で週間最高売上は28.2万枚を記録しています。
77.12/26〜78.2/6まで7週連続で週間売上は10万枚以上を維持し、代表作品は生まれました。
上記にも述べたように、ピンク・レディーの「UFO」は78年度で年間1位を獲得しました。
シングル77年、78年と2年連続で年間制覇を達成。まさに空前のブームを作り上げた。

◆1977年度 シングル年間TOP10
@ 94.4万枚 ピンク・レディー/渚のシンドバッド
A 86.5万枚 森田公一とトップギャラン/青春時代
B 84.5万枚 ピンク・レディー/ウォンテッド
C 74.7万枚 沢田研二/勝手にしやがれ
D 70.8万枚 小林旭/昔の名前で出ています
E 66.9万枚 さだまさし/雨やどり
F 65.9万枚 ピンク・レディー/カルメン’77
G 64.7万枚 ピンク・レディー/S.O.S
H 62.8万枚 清水健太郎/失恋レストラン
I 56.6万枚 ハイ・ファイ・セット/フィーリング

◆1978年度 シングル年間TOP10
@ 155.4万枚 ピンク・レディー/UFO
A 146.0万枚 ピンク・レディー/サウスポー
B 110.2万枚 ピンク・レディー/モンスター
C  91.9万枚 堀内孝雄/君のひとみは10000ボルト
D  82.9万枚 キャンディーズ/微笑がえし
E  80.0万枚 ピンク・レディー/透明人間
F  70.0万枚 平尾昌晃・畑中葉子/カナダからの手紙
G  65.2万枚 サーカス/Mr.サマータイム
H  63.9万枚 矢沢永吉/時間よ止まれ
I  62.7万枚 中島みゆき/わかれうた

凄い記録です。同一アーティストが2年連続でシングル4作ずつ送り込む快挙。まるで今のAKBブームを見ているようです。
年間TOP3を独占という快挙はのちに嵐とAKB48が達成しますが、それまでは彼女たちの記録は2009年まで31年間破られる事はありませんでした。

<アルバム編>※LP、カセット売上を合算集計

タイトル/累積枚数/最高位/首位週数
@ ベスト・ヒット・アルバム<78年度版>(91.9万枚/最高位1位/11週
A ベスト・ヒット・アルバム<79年度版>(30.5万枚/最高位3位)
B ペッパー警部(18.5万枚/最高位2位)
C チャレンジ・コンサート(16.0万枚/最高位1位/1週)
D サマー・ファイア’77(13.0万枚/最高位2位)
E バイ・バイ・カーニバル(9.4万枚/最高位5位)
F アメリカ!アメリカ!アメリカ!(8.0万枚/最高位6位)
G ’78 ジャンピング・サマー・カーニバル(4.8万枚/最高位12位)
H 星から来た二人(4.5万枚/最高位10位)
I スパーク・ヒット<カセット限定>(4.0万枚/最高位22位)


ピンク・レディー「ベスト・ヒット・アルバム」.jpg


ミリオンシングル多数収録の究極のベストと言えますね。
LPとカセットの累積売上は91万枚、ミリオンまであと一歩でした。
LP11週連続1位、カセットは13週連続1位、カートリッジは10週連続1位とまさにこの作品は78年度の最大のヒット作となりました。
シングルに比べてLPやカセットに関してはこのベスト以外の売上を比べると「あれっ?」と思うほど売上が低いですね。
やはり国民はシングル曲を重視していたようです。
ちなみに本作は78年度LPチャートで年間1位、カセットチャートでは年間2位を獲得し、1978年はシングル、LPの2部門で1位を獲得しました。


◆アーティスト累積1位獲得週
シングル:9作品63週
LP:2作品12週
カセット:3作品20週
カートリッジ:2作品11週

シングルで合計63週1位という滞在期間は歴代1位記録。
1作品における連続1位がかなり長いヒットであることからこの記録は達成された。
上記のシングル売上のTOP5作品が8週(2ヶ月)以上の1位を獲得している。最長に至っては12週1位という驚きの記録。
いかに77年〜78年にかけてピンク・レディーがチャートを圧巻したかがわかるだろう。


◆シングル作品別首位滞在記録

タイトル/首位期間/首位週
「S.O.S」/1977.2/14/1週
「カルメン’77」/77.3/28〜4/25/5週連続
「渚のシンドバッド」/77.6/27〜7/11、8/15〜9/12/8週
「ウォンテッド」/77.9/19〜12/5/12週連続
「UFO」/77.12/19〜78.2/20/10週連続
「サウスポー」/78.4/3〜5/29/9週連続
「モンスター」/78.7/10〜8/28/8週連続
「透明人間」/78.10/2、10/16〜10/30/4週
「カメレオン・アーミー」/78.12/18〜79.1/22/6週連続

77年度/52週中28週1位/占拠率53.8%
78年度/52週中31週1位占拠率59.6%
79年度/52週中4週1位/占拠率0.7%

特に77年8/15〜78.2/20までの28週間のうち、77.12/12付の中島みゆき「わかれうた」が1位を1週はさんでいるが、それ以外の27週がピンク・レディー首位というとんでもない記録が。
もしも、「わかれうた」が1位ではなくピンク・レディーだったら28週間(7ヶ月間)毎週のようにピンク・レディーが1位を獲ったという惜しい記録だ。
ちなみに27週は「渚のシンドバッド/5週」、「ウォンテッド/12週」、「UFO/10週」という内訳である。


◆初登場から1位獲得までの記録

タイトル/初登場日付/初登場→首位までの推移/首位までの到達週/首位獲得日付
「S.O.S」/1977.12/6/42位→28位→19位→18位→15位→8位→6位→3位→2位→1位/11週目/1977.2/14
「カルメン’77」/1977.3/21/3位→1位/2週目/1977.3/28
「渚のシンドバッド」/1977.6/20/4位→1位/2週目/1977.6/27
「ウォンテッド」/1977.9/12/12位→1位/2週目/1977.9/19
「UFO」/1977.12/12/8位→1位/2週目/1977.12/19
「サウスポー」/1978.4/3/1位/1週目/1978.4/3
「モンスター」/1978.7/3/2位→1位/2週目/1978.7/10
「透明人間」/1978.9/18/10位→2位→1位/3週目/1978.10/2
「カメレオン・アーミー」/1978.12/11/88位→1位/2週目/1978.12/18

ほとんどのヒット曲が初登場で1位ではなく、2週目もしくは3週目で1位を獲得してますね。
中でも「カメレオン・アーミー」の88位→1位は凄い!このジャンプアップ記録も歴代1位です。
連続1位記録のスタート曲「S.O.S」は11週目での首位到達、このシングルと同時並行で


◆記念すべきデビュー曲「ペッパー警部」(発売日:1976.8/25)に見る最高位までのチャート推移

ピンク・レディー「ペッパー警部」.jpg

初登場は76.9/6で99位に登場。初動売上は0.2万枚、この時点で誰もこの二人が日本を騒がせるアイドルになるとは想像もしなかっただろう。
本作の最高位は4位、売上60.5万枚であるが、初登場から最高位までを追ってみたい。
99位→103位→78位→68位→64位→54位→54位→48位→39位→47位→29位→19位→8位→8位(同週に2ndシングル「S.O.S」が42位で初登場)→7位→6位→7位→6位→5位→5位→4位

1977.1/24、初登場から20週目にして最高位4位へ到達、1/17には週間売上も最高となる7.5万枚を売り上げた。
TOP10内には13週連続でランクインするなどデビュー作にしてロングセラーとなった。


◆アーティストセールス年度別編

年度/年間順位/売上金額(単位10万円)
1976年度 182位/462
1977年度 1位/35,104
1978年度 1位/71,915
1979年度 9位/23,938
1980年度 138位/1,491
1981年度 159位/1,251
合計 134,161
  

4年7ヶ月の活動期間の中で134億円を売り上げた功績は大きい。
70年代を代表するアイドルデュオの名に相応しい実績である。
posted by nammy at 18:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 徹底解析シリーズ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月20日

<徹底解析C>小室ファミリーと小室ブーム・・・nammyblog vol.27

徹底解析シリーズ第4弾です。


<徹底解析@>はこちら
http://nammyblog.seesaa.net/article/323548849.html


<徹底解析A>はこちら
http://nammyblog.seesaa.net/article/323719699.html

<徹底解析B>はこちら
http://nammyblog.seesaa.net/article/323908222.html


90年代中期の音楽シーンに大きく貢献した小室哲哉に触れてみたいと思います。
小室哲哉といえばglobe、TM NETWORKのメンバーであり、作詞家、作曲家としてもその名はご存じですよね。
TRFや安室奈美恵など「小室ブーム」を巻き起こした90年代中期。
実はTM NETWORK活動を傍らに、そのプロデュースは80年代後期に始まっていました。
1986年に渡辺美里の「My Revolution」を楽曲提供し、オリコン1位を獲得、同年「第28回日本レコード大賞金賞」を受賞する。

渡辺美里「My Revolution」.jpg


ブレイク前だったTM NETWORKよりも先行して世に「小室哲哉」の名が広まる。
その後は岡田有希子荻野目洋子おニャン子クラブ福永恵規堀ちえみ、荻野目洋子、中山美穂松田聖子小泉今日子宮沢りえ観月ありさ牧瀬里穂中森明菜などアイドルを中心に楽曲を提供し、作曲家としても活躍する。

国内ではダンスグループは「ZOO」が既にその頂点に立っていたが、まだまだ「ダンスミュージック」自体が完全に定着しておらず、90年代初期はビーイングアーティストをはじめとする「J-POPS」路線がヒットを連発していた。
ビーイングブームが真っ只中の93年にはtrfの2ndシングル「EZ DO DANCE」は最高位15位に留まるもロングセールスを続け78万枚のヒットに。同年暮れの5thシングル「寒い夜だから・・・」は50万枚を超えるヒットになり小室サウンドは徐々にポップス路線のユーザーを動かせた。
TMN活動休止を境にプロデュースに専念、94年の5月に発売したtrfの「survival dAnce〜no no cry more〜」が94.6/6に初登場1位、小室プロデュースとしての初のミリオンセラーとなり、ポップス路線は一気にダンスミュージックブームの幕開けとなった。

trf「survival dAnce」.jpg


次第にビーイングブームの勢いが低下、「小室ブーム」は一気にビーイングブームをたたき込むように社会現象となる。
trfは続く「Boy Meets Girl」で2作連続のミリオンセラー、7月発売のアルバム「BILLIONAIRE」は172万枚の大ヒットとなった。
7月21日にはアイドルグループ「東京パフォーマンスドール」のメンバーであった篠原涼子が映画アニメ主題歌「ストリートファイターU」の主題歌「恋しさとせつなさと心強さと」を発売。

篠原涼子with t.komuro「恋しさとせつなさと心強さと」.jpg



発売当初は知名度も低く、初登場は8/1で28位(初動売上1.7万枚)であったが、次第に映画の公開と同時に曲は世間に広まり4週目でTOP10入り、9週目の9/26には1位を獲得する。週間最高売上は22.7万枚を売り10週目でミリオンセラーへ。同年には紅白歌合戦に出場し、年明けも売れ続け95.4/3、36週目には200万枚を突破する快挙を打ち出す。
小室自身にとって初のダブルミリオンセラーである。

プロデュースは観月ありさ、内田有紀、H Jungle with t.、華原朋美、globe、安室奈美恵、hitomi、鈴木あみへと広がり、小室プロデュースは確固たる地位を極めた。
「日本レコード大賞」では1995年にtrf、1996年〜1997年に安室奈美恵が2年連続受賞、1998年にglobeと4年連続で小室ファミリーが賞を独占した。
大手外資レコード会社「avex」が急成長できたのも小室哲哉による功績がかなりのシェアを占めており、「avexに小室あり」とまで言われるほど大きい影響と実績を残した。



1994年の小室ブーム序章、年間セールスTOP100よりランクインした作品を記しておく。

<1994年シングル年間>年間占有率 6%

03位 篠原涼子 with t.komuro/恋しさとせつなさと心強さと(年間162.3万枚/最高位1位)
07位 trf/survival dAnce〜no no cry more〜(年間135.4万枚/最高位1位)
09位 trf/Boy Meets Girl(年間135.4万枚/最高位3位)
45位 trf/寒い夜だから・・・(年間50.4万枚/最高位8位)
66位 trf/EZ DO DANCE(年間38.5万枚/最高位15位)
96位 観月ありさ/happy wake up!(年間28.3万枚/最高位3位)

<1994年アルバム年間>
06位 trf/BILLIONAIRE(年間142.3万枚/最高位1位)
09位 trf/WORLD GROOVE(年間88.2万枚/最高位1位)
25位 trf/HYPER MIX V(年間50.0万枚/最高位1位)
40位 trf/EZ DO DANCE(年間36.7万枚/最高位10位)
90位 trf/HYPER TECHNO MIX U(年間20.2万枚/最高位27位)


シングル、アルバムともにtrfの活躍が良くわかります。
ブレイクした94年ではtrfが年間アーティストセールスで120億円を記録し年間1位を獲得した。

では本格的にブレイクした小室ミュージックを1995年から振り返ってみよう。


<1995年シングル年間>年間占有率16%

02位 H Jungle with t./WOW WAR TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント〜(年間210.3万枚/最高位1位)
11位 trf/CRAZY GONNA CRAZY(年間158.7万枚/最高位1位)
15位 trf/masquerade(年間138.9万枚/最高位1位)
20位 H Jungle with t./GOING GOING HOME(年間126.0万枚/最高位2位)
27位 trf/OVERNIGHT SENSATION〜時代はあなたに委ねてる〜(年間106.3万枚/最高位1位)
36位 globe/Feel Like dance(年間89.3万枚/最高位3位)
47位 globe/Joy to the love(globe)(年間72.8万枚/最高位1位)
54位 篠原涼子 with t.komuro/もっと もっと...(年間62.3万枚/最高位3位)
64位 篠原涼子/Lady Generation(年間53.4万枚/最高位5位)
70位 安室奈美恵/Body Feels EXIT(年間51.0万枚/最高位3位)
72位 trf/BRAND NEW TOMORROW(年間49.1万枚/最高位1位)
78位 globe/SWEET PAIN(年間45.5万枚/最高位2位)
81位 内田有紀/Only You(年間44.5万枚/最高位2位)
86位 華原朋美/I BELIEVE(年間41.5万枚/最高位7位)
87位 篠原涼子 with t.komuro/恋しさとせつなさと心強さと(年間39.8万枚/最高位12位)
89位 hitomi/CANDY GIRL(年間39.2万枚/最高位15位)


<1995年アルバム年間>

02位 trf/dAnce to positive(年間236.7万枚/最高位1位)
18位 trf/hyper mix 4(年間91.3万枚/最高位2位)
45位 篠原涼子/Lady Generation〜淑女の世代〜(年間53.5万枚/最高位1位)
54位 hitomi/CANDY GIRL(年間40.6万枚/最高位3位)
77位 trf/BILLIONAIRE(年間29.8万枚/最高位14位)

前年度よりも売上枚数が一気に増加。シングル年間では5作品がミリオンセラーへ、特にダウンタウンの浜ちゃんとの企画シングルは驚きの200万枚超え!trfの5作品連続ミリオンにも驚くが、小室ファミリーは増加し、同年にはglobe、華原朋美、安室奈美恵、hitomiとその勢力は音楽シーンを飲み込んでゆく。
前年に比べ年間TOP100内に16作品をランクインさせ全体の16%を小室ファミリーが占拠!


<1996年シングル年間>年間占有率19%

02位 globe/DEPARTURES(年間227.2万枚/最高位1位)
08位 華原朋美/I'm proud(年間137.2万枚/最高位2位)
09位 安室奈美恵/Don't wanna cry(年間137.2万枚/最高位1位)
10位 安室奈美恵/Chase the Chance(年間136.2万枚/最高位1位)
13位 安室奈美恵/You're my sunshine(年間109.9万枚/最高位1位)
27位 華原朋美/save your dream(年間80.9万枚/最高位1位)
35位 H Jungle with t/FRIENDSHIP(年間68.8万枚/最高位4位)
38位 華原朋美/I BELIEVE(年間61.3万枚/最高位4位)
41位 globe/Can't Stop Fallin' in love(年間57.1万枚/最高位1位)
43位 globe/Is this love(年間53.7万枚/最高位1位)
53位 dos/BABY BABY BABY(年間49.3万枚/最高位4位)
54位 trf/Love & Peace Forever(年間49.0万枚/最高位2位)
57位 globe/FREEDOM(年間48.5万枚/最高位3位)
64位 安室奈美恵/SWEET 19 BLUES(年間45.3万枚/最高位2位)
65位 globe/SWEET PAIN(年間44.6万枚/最高位3位)
83位 安室奈美恵/Body Feels EXIT(年間37.1万枚/最高位9位)
88位 hitomi/In the future(年間35.7万枚/最高位7位)
96位 trf/Happening Here(年間31.6万枚/最高位3位)
98位 hitomi/Sexy(年間31.4万枚/最高位9位)

<1996年アルバム年間>

01位 globe/globe(年間376.3万枚/最高位1位)
02位 安室奈美恵/SWEET 19 BLUES(年間318.7万枚/最高位1位)
09位 華原朋美/LOVE BRACE(年間240.3万枚/最高位1位)
21位 trf/BRAND NEW TOMORROW(年間100.3万枚/最高位2位)
27位 hitomi/by myself(年間79.8万枚/最高位1位)
83位 trf/THE LIVE(年間32.4万枚/最高位1位)

1996年のシングルTOP10内に小室ファミリーが3作品!
globeのデビューアルバム、安室奈美恵の小室作品第1弾アルバムが年間1位、2位を独占。その売上は300万枚を超えるメガヒットに!
華原のデビューアルバムも200万枚超えと向かうところ敵なし状態。シングル年間は全体の19%を独占した。
小室フィーバーは1996年最高潮を迎える。


<1997年シングル年間>年間占有率11%

01位 安室奈美恵/CAN YOU CELEBRATE?(年間222.3万枚/最高位1位)
04位 globe/FACE(年間132.3万枚/最高位1位)
07位 TK PRESENTS こねっと/YOU ARE THE ONE(年間122.5万枚/最高位1位)
13位 安室奈美恵/a walk in the park(年間106.7万枚/最高位1位)
14位 華原朋美/Hate tell a lie(年間105.9万枚/最高位1位)
23位 安室奈美恵/How to be a Girl(年間77.2万枚/最高位1位)
26位 globe/Can't Stop Fallin' in love(年間74.5万枚/最高位4位)
30位 globe/Wanderin' Destiny(年間73.0万枚/最高位2位)
38位 華原朋美/LOVE IS ALL MUSIC(年間65.3万枚/最高位1位)
78位 華原朋美/たのしく たのしく やさしくね(年間41.7万枚/最高位1位)
82位 globe/FACES PLACES(年間40.4万枚/最高位3位)

<1997年アルバム年間>

03位 globe/FACES PLACES(年間320.0万枚/最高位1位)
07位 安室奈美恵/Concentration20(年間187.9万枚/最高位1位)
51位 globe/globe(年間37.4万枚/最高位7位)
65位 hitomi/deja-vu(年間31.9万枚/最高位2位)

1997年はglobe、安室奈美恵、華原朋美を主導として活躍。
TRFは96年12月のシングル「LEGEND OF WIND」を最後に小室ファミリーから離れ、97年の安室奈美恵電撃結婚、他アーティストへのプロデュースの売上低迷で小室ブームに翳りが見え始める。
その背景には小室以外に「プロデューサー戦国時代」で奥田民生のPuffyや小林武史のMr.Children、MY LITTLE LOVER、伊秩弘将のSPEEDや五十嵐充のEvery Little Thingなどが優勢し、チャートを賑わせた。


<1998年シングル年間>年間占有率10%

42位 安室奈美恵/Dreaming I was dreaming(年間55.9万枚/最高位1位)
47位 globe/wanna Be A Dreammaker(年間50.0万枚/最高位1位)
53位 globe/Sa Yo Na Ra(年間46.0万枚/最高位1位)
54位 安室奈美恵/CAN YOU CELEBRATE?<12cm>(年間45.4万枚/最高位1位)
56位 globe/Perfume of love(年間42.5万枚/最高位2位)
63位 globe/sweet heart(年間39.0万枚/最高位1位)
72位 トーコ/BAD LUCK ON LOVE(年間32.8万枚/最高位14位)
80位 鈴木あみ/arone in my room(年間29.8万枚/最高位3位)
90位 鈴木あみ/love the island(年間26.5万枚/最高位5位)
98位 鈴木あみ/all night long(年間24.4万枚/最高位2位)

<1998年アルバム年間>

11位 安室奈美恵/181920(年間167.7万枚/最高位1位)
12位 globe/Love again(年間165.8万枚/最高位1位)
17位 華原朋美/storytelling(年間136.6万枚/最高位1位)
25位 TRF/WORKS-THE BEST OF TRF-(年間100.0万枚/最高位1位)
77位 トーコ/籐子(年間29.6万枚/最高位3位)
78位 hitomi/deja-vu(年間29.0万枚/最高位5位)

占有率は前年とほぼ横ばいながらセールスではシングルでのミリオンがゼロになった。プロデューサーブームの中で急成長を見せるSPEEDやEvery Little Thingなどの他、「ビジュアル系バンドブーム」の到来により数多くのロックバンドがチャートを賑わせた。
ニューフェイス鈴木あみが小室ファミリー最後のヒットとなる。


<1999年シングル年間>年間占有率9%

17位 鈴木あみ/BE TOGETHER(年間86.3万枚/最高位1位)
29位 安室奈美恵/I HAVE NEVER SEEN(年間65.7万枚/最高位1位)
41位 鈴木あみ/White Key(年間50.3万枚/最高位2位)
43位 安室奈美恵/RESPECT the POWER OF LOVE(年間49.2万枚/最高位2位)
47位 鈴木あみ/OUR DAYS(年間45.9万枚/最高位1位)
50位 鈴木あみ/Nothing Without You(年間41.1万枚/最高位3位)
84位 鈴木あみ/DOn't leave me behind(年間27.4万枚/最高位3位)
85位 安室奈美恵/toi et moi(年間27.2万枚/最高位3位)
99位 TRUE KISS DESTIONATION/Girls be ambicious!(年間22.6万枚/最高位9位)

<1999年アルバム年間>

03位 globe/CRUISE RECORD 1995-2000(年間265.0万枚/最高位1位)
09位 鈴木あみ/SA(年間186.8万枚/最高位1位)
12位 globe/Relation(年間173.0万枚/最高位1位)
36位 華原朋美/KAHARA COMPILATION(年間69.6万枚/最高位1位)
49位 hitomi/h(年間58.6万枚/最高位1位)
57位 globe/FIRST REPRODUCTS(年間50.1万枚/最高位4位)
90位 華原朋美/nine cubes(年間26.1万枚/最高位5位)


鈴木あみ主導による小室ファミリー、核として活躍した安室奈美恵、TRFは前年に、globeや華原朋美、hitomiらは次々と同年にベストアルバムをリリース。
ロックバンドGLAYやラルク・アン・シエル、宇多田ヒカルやMISIA、浜崎あゆみのブレイクに拍車がかかり、1999年、新時代への移行とともに小室ブームは終焉を迎える事となる。


これまで小室哲哉が手掛けた、ミリオン作品を記しておく。

<シングル編>20作品

@ 229.6万枚 安室奈美恵/CAN YOU CELEBRATE?
A 228.8万枚 globe/DEPARTURES
B 213.5万枚 H Junglewith t./WOW WAR TONIGHT〜時には起こせよムーヴメント〜
C 202.1万枚 篠原涼子 with t.komuro/恋しさとせつなさと心強さと
D 158.7万枚 trf/CRAZY GONNA CRAZY
E 139.0万枚 安室奈美恵/Don't wanna cry
F 139.0万枚 華原朋美/I'm proud
G 138.9万枚 trf/masquerade
H 137.6万枚 trf/survival dAnce〜no no cry more〜
I 136.2万枚 安室奈美恵/Chase the Chance
J 132.3万枚 globe/FACE
K 131.6万枚 globe/Can't Stop Fallin' in Love
L 128.5万枚 trf/Boy Meets Girl
M 126.0万枚 H Jungle with t./GOING GOING HOME
N 122.5万枚 TK PRESENTSこねっと/YOU ARE THE ONE
O 109.9万枚 安室奈美恵/You're my sunshine
P 106.7万枚 安室奈美恵/a walk in the park
Q 106.3万枚 trf/OVERNIGHT SENSATION〜時代はあなたに委ねてる〜
R 105.9万枚 華原朋美/Hate tell a lie
S 102.8万枚 華原朋美/I BELIEVE

<アルバム編>16作品

@ 413.6万枚 globe/globe
A 336.0万枚 安室奈美恵/SWEET 19 BLUES
B 323.9万枚 globe/FACES PLACES
C 276.3万枚 globe/CRUISE RECORD 1995-2000
D 257.1万枚 華原朋美/LOVE BRACE
E 238.2万枚 trf/dAnce to positive
F 193.0万枚 安室奈美恵/Concentration20
G 189.9万枚 鈴木あみ/SA
H 173.0万枚 globe/Relation
I 172.1万枚 trf/BILLIONAIRE
J 169.1万枚 安室奈美恵/181920
K 165.8万枚 globe/Love again
L 136.6万枚 華原朋美/Storytelling
M 106.3万枚 鈴木あみ/infinity eighteen vol.1
N 100.3万枚 trf/BRAND NEW TOMORROW
O 100.0万枚 TRF/WORKS-THE BEST OF TRF-

この数字を見ると改めて小室ブームの凄さを感じてしまう。
シングル20作品、アルバム16作品、計36作品のミリオンセラーを生んだ天才的プロデューサー。
うちシングル200万枚超えが4作品、アルバムは6作品と尋常ではない実績である。


最後に1990年代の小室哲哉の年代別売上金額を見てみよう。

◆小室哲哉 年代別作曲売上金額(1990年〜1999年)
(売上単位:10万円)

年号/年間順位/売上金額

1990年度/1位/151,258
1991年度/9位/126,785
1992年度/17位/102,275
1993年度/38位/78,386
1994年度/1位/610,407
1995年度/1位/1,492,405
1996年度/1位/1,616,485
1997年度/1位/1,181,097
1998年度/2位/443,062
1999年度/2位/499,307

1990年代計/6,301,467


な、なんと・・・90年代の10年間で6300億円!!TKが音楽業界に与えた功績は計り知れない。
1995年〜1996年がやはりピークですね。まさにミリオンが湧き出るように生まれた年でした。
4年間の作曲家年間セールスでTOPに君臨しましたが、98年に伊秩弘将に、99年には宇多田ヒカルに1位を奪還されてしまいました。

この小室ブーム、今この時代に聴いてもその完成度は高く、そして古臭くない。
あの名声をもう一度、この氷河期の音楽業界に嵐を巻き起こして欲しいと心から願う。
posted by nammy at 00:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 徹底解析シリーズ編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月19日

<徹底解析B>90年代対決 WANDS VS T-BOLAN・・・nammyblog vol.25

<徹底解析>シリーズ第3弾です。
前回は80年代アイドル対決を比較特集しましたが、今回は90年代前期に繰り広げられたビーイングブームの功績者、WANDSとT-BOLANをPICK UPしたいと思います。


<徹底解析@>はこちら
http://nammyblog.seesaa.net/article/323548849.html


<徹底解析A>はこちら
http://nammyblog.seesaa.net/article/323719699.html



90年代は空前のタイアップブーム、テレビからヒット曲を探すというスタイルに移り変わりタイアップを付けた曲が続々ヒット。
ドラマの主題歌にCFソング、いつしか週間チャートの上位はタイアップ付とノンタイアップとの格差が付くほどの現象を起こしました。
そんなタイアップとの連動をプロモーションにしたビーイングの成功。
中でもビーイングの核となり梁明期を支えたWANDSとT-BOLAN、同じ91年デビューながらセールス動向、解散に至るまでに類似している点も多く、同時期にヒットチャートを駆け抜けた両者を比較してみたいと思います。


WANDSはビーイングが主催している音楽振興会在籍の上杉と、BADオーディションで最終選考に残っていた柴崎により、二人組ユニットとして結成された。そこに大島を加え、91年12月にシングル「寂しさは秋の色」でデビューした。
92年7月、3枚目のシングル「もっと強く抱きしめたなら」を発表。この作品を最後に、大島が自身のユニットSO-FIを結成するために脱退。後任として、柴崎のYAMAHA音楽院時代の知人であった木村が加入した。
同年に中山美穂とのコラボレーション「世界中の誰よりきっと」が爆発的なミリオンヒットを機に紅白歌合戦にも出場、WANDSの名は一気に全国区へ広まりブレイク期を迎える。
音楽性の違いを理由に上杉昇と柴崎浩が脱退、活動を休止。ビーイングが「WANDS」の名前を商標登録していた為、残った木村真也はボーカルに和久二郎、ギターに杉元一生を迎え、第3期WANDSとして活動を再開する。

1997年9月、12枚目のシングル「錆び付いたマシンガンで今を撃ち抜こう」を発表。シングル4枚、オリジナルアルバム1枚を発表したが、2000年3月、公式サイト上で「解体」(解散)を表明しWANDSの幕を閉じた。


T-BOLANは91年7月にシングル「悲しみが痛いよ」でデビュー。名前の由来は、T. Rexの「T」と、そのボーカルであるマーク・ボランの「BOLAN」からとされている。と同時に、T-BOLANの「T」は、「Tear」の意味合いも含めて名付けられた
同年、2nd「離したくはない」が有線で付きジワジワとロングヒット、1年に渡るロングセラーとなった。5枚目のシングル「じれったい愛」でブレイク、6枚目の「Bye For Now」でミリオンとなり、その人気は93年を決定づけた。
ライブツアー『LIVE HEAVEN '94〜'95』中に、森友は原因不明の心因性発声障害により喉の調子が悪い状態が続いていたが、様子をみながらツアーを続けた。しかし、ツアー最終公演であった3月26日大阪厚生年金会館大ホールでドクターストップがかかるもライブを敢行した。その後96年、シングル「Be Myself」を境に新曲を発表することなく活動休止状態となり、99年森友嵐士の復調の目処が立たないことから解散を発表した。
09年にはボーカル、森友嵐士が音楽活動を再開し、2012年6月にT-BOLANの再結成が発表された。
12年10月4日〜11月29日、「BEING LEGEND Live Tour 2012」を16都市18公演行い完全復活を遂げる。


両者とも活動期間は1991年〜2000年にかけて。
ではセールスを見てみよう。


☆データに見るWANDSとT-BOLAN


◆トータルセールス/シングル/アルバム
WANDS:1376.2万枚/854.8万枚/521.3万枚
T-BOLAN:1367.1万枚/743.0万枚/624.0万枚

僅かにWANDSがリードしています。その差は92万枚、勝因はシングルのヒット数か。
逆にアルバムはT-BOLANが100万枚リード、単曲のシングルよりも収録の多いアルバムが売れるアーティストは安定すると個人的に捉えているが、T-BOLANのアルバム収録曲は確かに良い曲が揃っていますね。

◆シングル首位獲得数/TOP10獲得数
WANDS:6作品/11作品
T-BOLAN:2作品/11作品

◆アルバム獲得数/TOP10獲得数
WANDS:4作品/6作品
T-BOLAN:2作品/9作品

◆シングルミリオンセラー数/アルバムミリオンセラー数
WANDS:4作品/1作品
T-BOLAN:1作品/1作品

◆最高売上部門シングル/アルバム
WANDS:「もっと強く抱きしめたなら」/「時の扉」
T-BOLAN:「Bye For Now」/「SINGLES」

◆デビュー曲部門
WANDS「寂しさは秋の色」
発売日:1991年12月4日
累積売上:3.1万枚/最高位63位
初動売上:0.6万枚/初登場66位
TOP100:7週
WANDS「寂しさは秋の色」.jpg


T-BOLAN「悲しみが痛いよ」
発売日:1991年7月10日
累積売上:8.6万枚/最高位46位
初動売上:0.6万枚/初登場46位
TOP100:19週

T-BOLAN「悲しみが痛いよ」.jpg



両者ともデビューシングルはドラマの挿入歌、及びエンディングテーマとしてタイアップが付いていたんですね。
軍配はT-BOLANに上がりました。

◆シングル部門TOP10

<WANDS>

@ もっと強く抱きしめたなら(166.3万枚/最高位1位/1992年)
A 時の扉(144.3万枚/最高位1位/1993年)
B 世界が終るまでは・・・(122.1万枚/最高位1位/1994年)
C 愛を語るより口づけをかわそう(112.1万枚/最高位1位/1993年)
D Jumpuin' Jack Boy/White Memories(82.7万枚/最高位2位/1993年)
E 恋せよ乙女(81.9万枚/最高位1位/1993年)
F Secret Night〜It's My Treat〜(63.1万枚/最高位1位/1995年)
G Same Side(23.4万枚/最高位2位/1995年)
H 錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう(21.3万枚/最高位4位/1997年)
I WORST CRIME(13.5万枚/最高位9位/1996年)


WANDS「もっと強く抱きしめたなら」.jpg



<T-BOLAN>

@ Bye For Now(118.3万枚/最高位2位/1992年)
A おさえきれないこの気持ち(82.6万枚/最高位1位/1993年)
B マリア(78.2万枚/最高位3位/1994年)
C すれ違いの純情(74.3万枚/最高位2位/1993年)
D 刹那さを消せやしない/傷だらけを抱きしめて(73.2万枚/最高位1位/1993年)
E じれったい愛(68.4万枚/最高位2位/1992年)
F LOVE/No.1 Girl(58.0万枚/最高位3位/1994年)
G 離したくはない(47.2万枚/最高位15位/1991年)
H わがままに抱き合えたなら(40.4万枚/最高位3位/1993年)
I SHAKE IT(26.3万枚/最高位4位/1995年)


T-BOLAN「Bye For Now」.jpg



シングル代表作TOP10を見ると良い曲が揃ってます。
ビーイング世代なのであの頃の思い出が甦りますね。
ミリオン作品の数を見るとWANDSが圧倒的ですが、T-BOLANの10作品を見ると売上が安定してますね。



◆アルバム部門TOP10 

<WANDS>

@ 時の扉(162.6万枚/最高位1位/1993年)
A PIECE OF MY SOUL(96.4万枚/最高位1位/1995年)
B Little Bit...(95.2万枚/最高位2位/1993年)
C SINGLE COLLECTION+6(83.1万枚/最高位1位/1996年)
D WANDS BEST〜HISTORICAL BEST ALBUM〜(37.9万枚/最高位1位/1997年)
E WANDS(34.9万枚/最高位10位/1992年)
F BEST OF WANDS HISTORY(3.8万枚/最高位17位/2000年)
G BEST OF BEST 1000 WANDS(3.4万枚/最高位52位/2007年)
H AWAKE(2.6万枚/最高位18位/1999年)
I コンプリート・オブ・WANDS at the BEING studio(1.4万枚/47位/2002年)

WANDS「時の扉(アルバム)」.jpg


<T-BOLAN>

@ SINGLES(121.4万枚/最高位1位/1996年)
A SO BAD(92.4万枚/最高位3位/1992年)
B HEART OF STONE(86.6万枚/最高位1位/1993年)
C BABY BLUE(62.9万枚/最高位4位/1992年)
D LOOZ(61.8万枚/最高位2位/1993年)
E T-BOLAN(50.3万枚/最高位19位/1991年)
F 夏の終わりに(49.1万枚/最高位2位/1992年)
G BALLADS(38.3万枚/最高位6位/1996年)
H 夏の終わりにU(34.1万枚/最高位4位/1994年)
I T-BOLAN FINAL BEST(11.9万枚/最高位7位/1999年)

T-BOLAN「SINGLES」.jpg


アルバム部門を見るとセールスは圧倒的にT-BOLANが強い。
オリジナルアルバムの数にも差があると思うが、WANDSが5作品に対しT-BOLANは7作品、1枚のセールスを見るとやはりT-BOLANの根強さを感じる。
過去のアルバムがロングセラーになった事が売上に反映されたチャートですね。
そう考えるとWANDSもシングル曲は良い曲が多いけど、T-BOLANに比べてアルバム収録曲の認知度はやや劣る結果なのでしょう。

◆年度別アーティスト売上金額部門/WANDS/T-BOLAN
(売上単位:10万円/アーティスト年間売上TOP1000調べ)

1991年度 年間--位/年間386位(712)
1992年度 年間127位(4,375)/年間11位(54,003)
1993年度 年間2位(125,007)/年間5位(83,773)
1994年度 年間39位(19,327)/年間16位(39,302)
1995年度 年間29位(34,779)/年間197位(3,415)
1996年度 年間36位(28,364)/年間24位(38,438)
1997年度 年間82位(10,481)/年間73位(12,589)
1998年度 年間134位(5,088)/年間--位
1999年度 年間340位(940)/年間194位(2,996)
2000年度 年間313位(1,152)/年間160位(3,901)

10年間計 WANDS:229,513/T-BOLAN」:239,129

こう見るとトータルセールス枚数部門ではWANDSはT-BOLANに92万枚優勢していますが、金額部門ではアルバムがWANDSよりも売り上げたアルバム金額が結果10億円リードするという現象が起きました。
やはり1000円のシングルよりも3000円のアルバムが多く売れたT-BOLANが「アーティスト金額部門」では制しました。
しかし僅か92年〜96年という短命期間でありながら両者とも1000万枚を超える記録を歴史に残した功績は大きいですね。

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<徹底解析A>超ロングセラー名作「クリスマス・イブ」・・・nammyblog vol.24

クリスマスで連想する曲ってやっぱり山下達郎の「クリスマス・イブ」ですね。
1980年代で一番売れたシングルでも有名な話です。


山下達郎「クリスマス・イブ」.jpg


山下達郎「クリスマス・イブ」
発売日:1986年11月28日(7インチシングル)
累積売上:182.8万枚/最高位1位(12インチ限定盤も含む)
歴代シングル:36位


もともと「クリスマス・イブ」は83年6月に発売されたアルバム「Melodies」に収録されていた1曲で同年の12月に3万枚限定でシングルカットされた。
限定だったため、売上枚数は1.1万枚、最高位は44位。僅かTOP100内に2週しかランクインされなかったという意外な結果。
「クリスマス・イブ」は「山下達郎=夏」のイメージから拂拭する為に書いた曲とも言われている。現にアルバム「Melodies」のリリースも夏であり、ヒット曲「RIDE ON TIME」など夏を連想させるヒット曲が多いアーティストだ。

83年当時はクリスマスソングだから売れるという時代でもなかった為、ヒットに恵まれずTOP100から姿を消してゆく。

それから3年、1986年11月に7インチシングルとして再発売、初登場は86.12/8に40位で初登場、初動売上は0.4万枚であった。
この時点で誰がミリオンセラーになる国民的クリスマスソングになると想像しただろうか。
同年の12/22で21位まで上昇し、翌年以降クリスマスシーズンが近づくに連れてTOP100内にランクインされるようになった。

87年は最高位55位、それまでノンタイアップだった同曲は88年にJR東海「ホームタウン・エクスプレス(X'mas編」のCMソングに起用され、その効果は89.1/2に最高位15位を記録。着々とクリスマスの定番曲として売上が伸びて行き、同年2/20、登場21週目にして10万枚を突破した。
翌年の1989年〜1992年までJR東海「クリスマス・エキスプレス」のCMソングに起用され大量オンエア、毎年12月はテレビから、そして街並みから「クリスマス・イブ」は流れまくった。
その人気はチャートアクションにも反映され、89.11/6に24位で再登場、その後11位→8位→5位→3位、89.12/25には登場30週目にして週間8.3万枚を売り上げ1位を獲得する。この時点での累積売上は35.2万枚、90.1/15には累積売上は51.8万枚に達した。
4週連続1位、発売から6年後に1位を獲得する当時では「発売から1位到達までの時間」で歴代1位の記録。
(のちに92年に浜田省吾「悲しみは雪のように」、03年にサザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」が記録更新する)

92年までのCM大量オンエア効果は、まさに当時はタイアップブームによるバックアップと曲の知名度も高く既にクリスマスの定番として認識される。
90.11/19に22位で再登場、3位まで上昇し週間売上は前年度を上回る9.3万枚を記録。
発売から7年、49週目の91.1/14に週間5.2万枚を売り上げ累積売上は遂に100万枚を突破した。
92年度には最高位4位、93年度は最高位12位、94年度には最高位32位と毎年年末にはランクインするようになり95.1/2には81週目で150万枚を突破した。

ちなみに同曲を収録したアルバム「Melodies」は83年の年間LPで5位、年間カセットで14位とヒットし、89年暮れにシングル「クリスマス・イブ」の大ヒットを機に再び7年ぶりにアルバムチャート8位まで上昇し、累積売上は84万枚に達する。

山下達郎「Melodies」.jpg

山下達郎「Melodies」
発売日:1983年6月8日
累積売上:84.4万枚(内訳 LP:36.7万枚/カセット:24.5万枚/CD:23.2万枚)
最高位1位


今もなお売れ続ける名曲、下記に栄光の記録を記しておく。


◆「クリスマス・イブ」に見る各年間チャート結果
(年間チャートTOP1000調べ)


1984年度年間 448位(1.1万枚/最高位44位)
1987年度年間 291位(3.3万枚/最高位21位)
1988年度年間 588位(0.6万枚/最高位55位)
1989年度年間  75位(13.1万枚/最高位15位)
1990年度年間  13位(44.9万枚/最高位1位)
1991年度年間  22位(45.2万枚/最高位3位)
1992年度年間  79位(25.3万枚/最高位4位)
1993年度年間 210位(11.3万枚/最高位12位)
 
1994年度年間 358位(4.4万枚/最高位32位)
1995年度年間 480位(2.2万枚/最高位46位)
1996年度年間 539位(1.9万枚/最高位50位)
1997年度年間 736位(0.5万枚/最高位79位)
1998年度年間 820位(0.3万枚/最高位79位)
1999年度年間 770位(0.6万枚/最高位75位)
2000年度年間 638位(1.1万枚/最高位56位)
2001年度年間 102位(19.9万枚/最高位6位)
2002年度年間 514位(1.7万枚/最高位41位)
2003年度年間 676位(1.1万枚/最高位49位)
2004年度年間 567位(1.4万枚/最高位47位)
2005年度年間 圏  外(0.5万枚/最高位97位) 
2006年度年間 圏  外(0.4万枚/最高位80位)
2007年度年間 圏  外(0.4万枚/最高位88位)
2008年度年間 圏  外(0.4万枚/最高位49位)
2009年度年間 圏  外(0.3万枚/最高位84位)
2010年度年間 圏  外(0.2万枚/最高位96位)
2011年度年間 圏  外(0.3万枚/最高位98位)
2012年度年間 圏  外(0.2万枚/最高位100位)


90年〜92年までの3年間で115.4万枚を売り上げた。
4年連続で年間TOP100内に入るという快挙もこの曲が歴代記録である。
2000年にそれまでの8cmシングルから新たに英語版をル追加したマキシシングルは6位まで上昇し、92.12/30以来9年ぶりにTOP10へ返り咲く。
2012年の12/24には再登場で29位、大量CMオンエアと9月発売のベストアルバム効果が再び「クリスマス・イブ」への関心度を高めた。週間TOP30内は2001年の1/1以来12年ぶりの再ヒットとなった。
しかし1986年から26年連続で週間TOP100内にランクインさせるなど親子2代で「クリスマス・イブ」は受け継がれているんですね。
きっと半世紀(50年)経った頃にもクリスマスシーズンの伝説の曲として愛され続けるでしょう。

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2013年02月18日

<徹底解析@>松田聖子VS中森明菜・・・nammyblog vol.22

国内アーティストセールスを前回綴ったので結果はもうお分かりかと思いますが、アーティスト比較として投稿します。

まずは80年代アイドル対決に触れてみたいと思います。
80年代を代表する女性アイドルといえば松田聖子と中森明菜が浮かびますね。
両者のトータルセールスは12年12月末現在では松田聖子が2984万枚、中森明菜が2534万枚である。
その差は450万枚、今のアイドルと違ってその勢いが凄まじく、歌唱力にも長けてましたね。
いろんな角度から両者を比較してみたい。


松田聖子は1980年4月1日にシングル「裸足の季節」でデビュー。
デビューシングルの売上は28.3万枚、最高位は12位であった。
初の1位は80.10/13に3枚目のシングル「風は秋色」で獲得、デビューから半年での達成となった。

松田聖子「風は秋色」.jpg

5週連続1位となり、以後26枚目のシングル「旅立ちはフリージア」までの24作品連続で1位を獲得する人気ぶりを証明した。96年には「あなたに逢いたくて」が1位獲得、ミリオンセラーとなりシングルでは25作品の1位獲得経歴を持つ。
当時の人気の高さを端的に示す言葉としては「聖子ちゃんカット」と「ぶりっ子」が挙げられる。聖子ちゃんカットとはその名の通り、彼女の髪型を真似た髪型であり当時の若い女性の間で大流行した。「ぶりっ子」とは、当時の人気漫才コンビの春やすこ・けいこや山田邦子が、聖子が意識的に自分をかわいく見せようとしていることをからかった言葉であり、当時の流行語にまでなった。


一方中森明菜は1982年5月1日にシングル「スローモーション」でデビュー。
デビューシングルの売上は17.4万枚、最高位は30位であった。
初の1位は3枚目のシングル「セカンド・ラブ」82.11/29で獲得、デビューから聖子と同じく半年での達成となった。

中森明菜「セカンド・ラブ」.png

3週連続を2度繰り返し合計で6週の1位に輝いた明菜最大のヒット曲である。
デビュー当時の明菜のキャッチフレーズは、「ちょっとエッチな美新人娘(ミルキーっこ)」であった。
「花の82年組」と呼ばれるほどアイドルデビューが豊富で、同期には小泉今日子、石川秀美、三田寛子、早見優、シブがき隊などがいる。

さてカテゴリ別でみてみよう。

「松田聖子と中森明菜にみるチャート合戦」

◆トータルセールス編/シングルセールス/アルバムセールス
松田聖子:2984.4万枚/1552.1万枚/1432.3万枚
中森明菜:2534.5万枚/1283.9万枚/1250.6万枚

◆シングル上位TOP10
松田聖子
@ あなたに逢いたくて〜Missing You〜(110.1万枚/最高位1位/1996年)
A ガラスの林檎(85.9万枚/最高位1位/1983年)
B 風は秋色(79.7万枚/最高位1位/1980年)
C チェリーブラッサム(67.5万枚/最高位1位/1981年)
D Rock'n Rouage(67.5万枚/最高位1位/1984年)
E 青い珊瑚礁(60.3万枚/最高位2位/1980年)
F 夏の扉(56.9万枚/最高位1位/1981年)
G 瞳はダイアモンド(56.9万枚/最高位1位/1983年)
H 風立ちぬ(52.0万枚/最高位1位/1981年)
I 渚のバルコニー(51.5万枚/最高位1位/1982年)

中森明菜
@ セカンド・ラブ(76.6万枚/最高位1位/1982年)
A ミ・アモーレ(63.1万枚/最高位1位/1985年)
B 飾りじゃないのよ涙は(62.5万枚/最高位1位/1984年)
C 北ウイング(61.4万枚/最高位2位/1984年)
D 十戒<1984>(61.4万枚/最高位1位/1984年)
E 1/2の神話(57.3万枚/最高位1位/1983年)
F Dear Friend(54.8万枚/最高位1位/1990年)
G サザン・ウインド(54.4万枚/最高位1位/1984年)
H DESIRE〜情熱〜(51.6万枚/最高位1位/1986年)
I 禁区(51.1万枚/最高位1位/1983年)

◆シングル1位獲得数/TOP10獲得数
松田聖子:25作品/31作品
中森明菜:21作品/28作品

◆シングル首位通算週/1位獲得週
松田聖子:25作品通算50週/5週1位「風は秋色」
中森明菜:21作品通算40週/6週1位「セカンド・ラブ」「1/2の神話」

◆デビューシングル対決
売上枚数:松田聖子(28.7万枚)/中森明菜(17.4万枚)
初動売上:松田聖子(4,470枚)/中森明菜(4,180枚)
最高位:松田聖子(12位)/中森明菜(30位)
初登場:松田聖子(53位)/中森明菜(58位)
初登場から最高位までの週数:両者ともに12週目で到達
TOP100内:松田聖子(29週)/中森明菜(39週)


☆松田聖子「裸足の季節」

松田聖子「裸足の季節」.jpg

初登場は80.4/14で53位→38位→27位→19位→18位→13位→14位→14位→14位→12位と登場12週目して最高位を記録。
惜しくもTOP10入りまであと僅かであったが、新人アイドルのデビューシングルでは見事な結果だ。

☆中森明菜「スローモーション」

中森明菜「スローモーション」.jpg

初登場58位→42位→35位→48位→42位→42位→36位→34位→37位→34位→33位→30位と登場12週目で最高位に到達。

◆デビューアルバム対決
売上枚数:松田聖子(54.7万枚)/中森明菜(45.3万枚)
初動売上:松田聖子(13,120枚)/中森明菜(15,440枚)
最高位:松田聖子(2位)/中森明菜(5位)
初登場:松田聖子(5位)/中森明菜(7位)
初登場から最高位までの週数:松田聖子(3週目)/中森明菜(13週目)
TOP100内:松田聖子(37週)/中森明菜(47週)


☆松田聖子「SQUALL」(1980年8月)

松田聖子「スコール」.jpg

☆中森明菜「プロローグ<序幕>」(1982年7月)

中森明菜「プロローグ」.jpg

◆アルバム上位TOP10
松田聖子
@ SUPREME(70.2万枚/最高位1位/1986年)
A ユートピア(65.3万枚/最高位1位/1983年)
B Canary(63.5万枚/最高位1位/1983年)
C 聖子・fragrance(59.4万枚/最高位3位/1981年)
D パイナップル(59.4万枚/最高位1位/1982年)
E Candy(54.9万枚/最高位1位/1982年)
F スコール(54.7万枚/最高位2位/1980年)
G Tinker Bell(52.3万枚/最高位1位/1984年)
H Windy Shadow(52.1万枚/最高位1位/1984年)
I The 9th Wave(51.5万枚/最高位1位/1985年)

中森明菜
@ Best U(80.9万枚/最高位1位/1988年)
A BEST(77.4万枚/最高位1位/1986年)
B バリエーション<変奏曲>(74.3万枚/最高位1位/1982年)
C BEST AKINA メモワール(71.0万枚/最高位1位/1983年)
D D404ME(65.1万枚/最高位1位/1985年)
E ポシビリティ(62.4万枚/最高位1位/1984年)
F ファンタジー<幻想曲>(61.6万枚/最高位1位/1983年)
G クリムソン(60.1万枚/最高位1位/1986年)
H BITTER AND SWEET(55.6万枚/最高位1位/1985年)
I NEW AKINA(48.2万枚/最高位1位/1983年)

◆アルバム1位獲得数/TOP10獲得数
松田聖子:18作品/45作品
中森明菜:19作品/34作品

◆アルバム首位通算週/1位獲得週
松田聖子:18作品通算40週/5週1位「パイナップル」
中森明菜:19作品通算48週/5週1位「メモワール」

◆初首位獲得までの時間
松田聖子:80.10/13/3rdシングル「風の秋色」・・・デビューから6か月で達成
中森明菜:82.11/8/2ndアルバム「バリエーション」・・・デビューから6か月で達成



◆1980年代に見る10年間のアーティスト売上金額/松田聖子/中森明菜
(売上単位:10万円/年間アーティストセールスTOP1000調べ)


1980年度 12位(21,472)/--位
1981年度  3位(48,940)/--位
1982年度  2位(56,000)/14位(19,070)
1983年度  2位(61,423)/1位(67,196)
1984年度  1位(78,294)/2位(56,925)
1985年度  2位(56,777)/1位(62,293)
1986年度 14位(21,154)/1位(48,916)
1987年度  8位(22,483)/1位(42,071)
1988年度 13位(23,810)/7位(30,132)
1989年度 309位(386)/7位(44,287)

松田聖子:390,739/中森明菜:370,890



年間売上金額部門で見るとその差は僅か19.8億円。デビュー年の2年を考慮すると中森明菜が大健闘ですね。
金額部門では83年、85年〜87年とV3を達成している。明菜のデビュー82年〜89年以降で比較すると松田聖子を50億円も上回る驚きの結果に。
松田聖子が85年に結婚を機に、以降リリース間隔が極端に減った事、80年代後半のセールス低迷による動きが数字に表れている気がします。
トータルセールス部門では松田聖子が中森明菜を凌ぎましたが、各種部門を見ているといい勝負をしてますね。
セールス枚数に差が出たのは90年以降が決定打ですね。
90年代は松田聖子が再び1位を獲得し、ミリオンセラーを達成、ほかドラマ主題歌などで90年代中期まではシングルの売れ行きが好調でした。
中森明菜は90年代にドラマなどで女優として活躍するもCDセールスはビッグヒット生まれなかった事が両者のセールスの分かれ道となったようです。

80年代を駆け抜けたスーパーアイドルの代名詞。
色んな角度から見るチャートではトータルでは見えない部分の凄さが見えた気がします。
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