2013年02月08日

ヒットチャートの始まりと終わり・・・nammyblog vol.7

こんばんわ。
今回のお題は「ヒットチャートの始まりと終わり」について語りたいと思います。
ヒットチャートって色々ありますよね〜
音楽のヒットチャートと言えばアメリカでいうならば「ビルボードチャート」が有名ですね。
1894年11月1日に「ビルボード・アドバタイジング」という誌名で創刊。創設者はWilliam H.Donaldson とJames H. Hennegan。オハイオ州シンシナティで産声をあげた。1897年に『ビルボード』に改称。創刊当初は、サーカスや移動遊園地などを取り上げていたが、次第に音楽を取り扱う記事数が増え、1960年代からサーカスや移動遊園地を別の雑誌で扱うことにし、音楽に一本化した。誌名はその頃の名残であり、巡業の日付を貼り付ける掲示板から付けられたものである。
1936年1月4日、ビルボードは初めて全米のジュークボックスで流れたヒット曲の一覧を発表し、1940年7月27日号に初めて独自の統計から割り出した、ヒット曲のチャートを掲載した。1958年8月4日以後、シングルの販売とラジオ局でのリクエストなどを元にホット100(Hot 100)という100曲の最も流行している音楽チャートを掲載している。また2005年2月12日からホット100とは別にシングルの販売、パソコンへのダウンロード、アメリカのトップ40ラジオ局のリクエストなどを元にしたポップ100(Pop 100)というチャートも掲載されるようになった。

国内のヒットチャートで最も影響力が強いのは「和製ビルボード」の異名を持つ「オリコンチャート」でしょう。(そう思っているのは私だけだろうか・・・?)
オリコンは1967年 株式会社オリジナルコンフィデンスの社名で創業。 創業者小池聰行が、日本で初めてのレコード売り上げランキング誌として発表した『総合芸能市場調査』(現:オリジナルコンフィデンス)を創刊した。
創業者の小池社長が自ら積極的にテレビ出演でアプローチした結果が現代の国内のヒットチャートの礎を築いたと私個人はそう思っている。今年で47年目を迎える国内最古のヒットチャート誌である。
他にも国内には「ミュージック・ラボ」(現在廃刊)、「ミュージック・リサーチ」(現在廃刊)とあり現代ではオリコン(1967年〜)、プラネット(1984年〜)、サウンドスキャン(1995年〜)の三大チャートが存在する。
その中でも「オリコンチャート」は私にとっても特別なものであり、ヒットチャートそのものに興味を持たせてくれたのもオリコンでした。
そもそも私がヒットチャートに関心を抱いたきっかけは1992年の10月。
当時TBS系列で土曜日20時から「突然バラエティー速報!!COUNT DOWN100」という音楽番組が放送されていました。
現在の深夜放送「COUNT DOWN TV」の前身番組になります。
司会は山田邦子と渡辺正行。毎週のヒットチャートをランキング形式で100位から1位まで発表するもの。
私は「ザ・ベストテン」世代ではないので、ランキングというもの自体が凄く新鮮でした。
「今何が流行ってるんだろう?」それまで何で調べてるのかよくわからないまま、友人達がカラオケで歌う曲を「流行っている」と認識していた程度だったので、自分で旬のヒット曲をリアルタイムで知るには持って来いの番組だった。
その頃からなんでしょうね。大学ノートに毎週のランキングTOP10を記録して、その記録を元にレンタル店に足を運んで、ダビングして聴いて・・・。それの繰り返しでした。
ある日、思いました。
「ランキングってどうやって作られているんだろう?」
「この曲毎週上位にいるけど何枚くらい売れてんだろう?」
些細な疑問でした。まだこの時点ではオリコンチャートとは出会っていないのです。
レンタルショップと並行して地元の小さなCDショップへも足を運んでいたある日、店頭に貼られたA3サイズのランキング票。
ふと見たんですよね。何だろうって。
「あれ?このランキングってカウントダウンのランキングとそっくりじゃん!」
それもそのはず、カウントダウンのランキング構成の大半はオリコンチャートを元に、プラスαで独自のリクエスト集計や有線チャートなどを合算されて作られたヒットチャートなのだから・・・。
オリコンのランキングにはとにかく見入ってしまったのを鮮明に覚えている。
それは私が疑問に抱いた答えがそこにあったのだから。

「順位、先週の順位、週間売上枚数、累積売上枚数、発売日」
何よりも詳しく記されていたのに魅了され、すぐさまにその週のオリコンを買った。
当時は市内でもなかなかオリコンを扱っている書店がなく、主にレコード店で取り扱っている専用誌みたいな感じだった。毎週取り置きをしてもらって買いに行った。
少し前のヒットチャートが知りたい。どんどんその「ヒットチャート魂」に火が点いてしまったのだ。
先週、先々週、1ヶ月前、半年前、1年前・・・遡ればキリがないくらい夢中になった。
あれから21年、オリコンの創刊以来現代に至るまでのヒットチャートデータは全て手元にあるし、調べ上げるのに費やした時間は計り知れない。
何よりも1年間のランキングを総括した「オリコン年鑑」は過去のものになればなるほど絶版状態で入手困難、揃えるのに随分とかかったものです。

身の上話でだいぶ主題から反れましたが・・・
「ヒットチャートの始まりと終わり」
今回の内容は初めてのヒットチャートについて、そして一部時代の荒波に勝てずに惜しくも終了したチャートを交えて紹介していきたいと思います。

オリコンチャートの始まりは1968年1月4日付のシングルチャートから始まります。
シングル初となる第1回目のベスト10はこちら

★1968年(昭和43年)1月4日付ヒットチャート

1位  黒沢明&ロス・プリモス「ラブユー東京」
2位  佐良直美「世界は二人のために」
3位  デイブ・ディー・グループ「オーケー」
4位  ザ・モンキーズ「モンキーズのテーマ」
5位  森進一「命かれても」
6位  ザ・スパイダース「いつまでも・どこまでも」
7位  ジャッキー吉川とブルーコメッツ「北国の二人」
8位  スコット・マッケンジー「花のサンフランシスコ」
9位  布施明「愛のこころ」
10位  中村晃子「虹色の湖」


歴史ある今から47年前のベスト10です。
まだ始まった頃のオリコンチャートは売上枚数が非公開だったんですよね。
記念すべき第1号の1位は黒沢明&ロス・プリモス「ラブユー東京」でした。
でも実は正式なオリコンチャート開始前の1967年暮れにジャッキー吉川とブルーコメッツの「北国の二人」が実験的なチャートで2週連続1位を記録しており、「幻の1位」と呼ばれています。

ではLPチャートの記念すべき第1回ベスト10はこちら!!

★1970年(昭和45年)1月5日付ヒットチャート

1位  森進一「花と涙/森進一のすべて」
2位  沢田研二「ジュリー」
3位  青江三奈「池袋の夜/青江三奈のすべて」
4位  森進一「影を慕いて」
5位  ザ・ビートルズ「アビイ・ロード」
6位  森進一「無情の夢」
7位  森山良子「良子のクリスマス」
8位  森進一・青江三奈「夜と恍惚とため息と 第2集」
9位  サム・テイラー「花と涙」
10位  鶴岡雅義と東京ロマンチカ「君は心の妻だから」


LPチャート第1回の1位は森進一でした。
ってか森進一ベスト10に4作も同時ランクイン!凄い人気だったんですね。
そして森山直太朗の母上、森山良子もランクイン、この2ヶ月後には宇多田ヒカルの母親、藤圭子もLPチャートでとんでもない記録を作ります。さすが親子二代で血筋は争えませんなぁ。

そんなレコード時代真っ只中のLPチャートも生産枚数の衰退とデジタル時代への移行で1989年11月27日付に惜しまれながら終了を迎えます。
最後のLPチャートです。

★1989年(平成元年)11月27日付ヒットチャート

1位  光GENJI「Hello...I Love You」
2位  山下達郎「JOY」
3位  THE TIMERS「TIMERS」
4位  小比類巻かほる「TIME the MOTION」
5位  浜田省吾「Wasted Tears」
6位  ザ・ローリング・ストーンズ「ザ・ローリング・ストーンズ・ボックス」
7位  松井常松feat.ANNELI MARIAN DRECKER「よろこびのうた」
8位  氷室京介「NEO FASCIO」
9位  UP-BEAT「UNDER THE SUN」
10位  JUN SKY WALKER(S)「歩いていこう」


LP最後を飾ったのは80年代のアイドルグループ光GENJI。
週間売上は1位で1,480枚!!!レコードの売上も一時期の週間枚数の1%程度にまで落ち込んでしまったのですね。
レコードチャートの終焉は光GENJIで幕を閉じたのでした。

ではカセットテープチャートはどうだろうか。
その歴史は1974年(昭和49年)12月2日付〜1995年(平成7年)11月27日付。

記念すべきカセットチャート第1号の1位は井上陽水「二色の独楽」(累積7.4万本)でした。
この週のLPチャートでも井上陽水の同タイトルが1位を獲得してますから、LP、カセットと2部門で1位だったんですね〜
そんなカセットチャートも残念ながら生産数の低迷により1995年11月で終了を余儀なくされます。
最後のカセットチャート1位を飾ったのは藤あや子「ヒット全曲集'96」でした。
1993年以降、カセットチャートでJ-POPタイトルが1位を獲らなくなったのも、カセットは演歌ジャンルがほぼその占有率を占めるという現象が起きている。1週間で売れる本数も次第に下がっていき、最後の1位の売上本数は1,060枚!!!
余談であるが、1992年までのカセットチャートはCDと同時発売形式を取っていたためカセットとCDの1位は重なる事が多かった。一時期ヒットチャートの種類が重なった1984年〜1989年には3部門(LP、カセット、CD)で1位達成なんて事も多かった。
1993年以降、パタッとJ-POP勢は発売形式をCD一本に絞ったため、カセットチャートは演歌勢が1位を獲得していく。その演歌の息の長さにも驚かされたが・・・。
93年以降のカセット首位を見てみると、藤あや子が大活躍なのである。
最新ヒット全曲集」(12週1位/累計9.7万本)
「むらさき雨情」(13週1位/累計8.0万本)
「ヒット全曲集'94」(9週1位/累計6.0万本)
「ヒット全曲集'95」(19週1位/累計6.8万本)
「み・れ・ん〜オリジナル全曲集〜」(15週1位/累計2.7万本)

そして最後のカセットチャートも藤あや子で終わりました。
他にアルバムチャートでは見られない面白い1位を見つけました。

1994.8/15 「コロちゃんパック 忍者戦隊カクレンジャー」(3週1位/累計6.6万本)
1995.11/13 「コロちゃんパック 超力戦隊オーレンジャー」(1週1位/0.7万本)


戦隊シリーズのカセットテープが1位を獲ってるんです。
「コロちゃんパック」って確か本とカセットがセットになっているモノでしたよね?
幼少期に確か戦隊シリーズのカセットを親に買ってもらった記憶があります。
そしてアニメも負けてはいない。
1993.3/29 「美少女戦士セーラームーン」(2週1位/累計10.4万本)
1993.6/14 「美少女戦士セーラームーンR」(3週1位/累計10.9万本)
1995.9/18 「美少女戦士セーラームーンSS テーマソングコレクション」(1週1位/累計1.2万本)


大人気だったセーラームーンのカセットが3種もオリコンで1位を獲得してたんです。
しかも売上本数を見てもアニメとしては当時あまり記録のない10万本以上を売り上げています。
なかなかマニアックで意外と知られていないカセットチャートも面白いものです。

そしてCDチャート。オリコンがCD単体の集計を始めたのが1984年(昭和59年)2月6日付から。
当時は「COMPACT DISK チャート」として掲載されてました。
まだCDユーザーが少ない中でのスタートだったため、LPやカセットに比べて遥かに少ない枚数でのランキングでした。
そんな栄えある記念すべきCD第1回目の1位は中森明菜「BEST AKINA メモワール」でした。
週間売上枚数は2,184枚。
え?と思うかもしれないが、2000枚で1位なんですよ。
同週のLP1位は杏里「TIMELY!!」で2.6万枚、カセット1位は中森明菜「BEST AKINA メモワール」で1.6万本、まだまだCDはレコードに比べて1/10しか売れなかったという初々しいCD時代の幕開けでした。
いつしかレコードの1/10しか売れなかったCDが6年半後の最後のLPチャートで同じような現象でCDが逆転するとは当時誰も予想しなかっただろう。

「ヒットチャート」とは私にとっての青春の1ページ、時代の変貌で次々と誕生しては終わり、どの世代でもその繰り返しで成長していくものだ。
レコードからCDへ、ビデオからDVDへ、DVDからBDへ
そしてCDからxxxへ。
いつしかそんな新しいジャンルのヒットチャートも私はこの先ずっと追いかけていきたいと思う。


posted by nammy at 22:14| Comment(0) | ヒットチャート編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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